数分前まで広大な平野だった大地が、大きく裂けていた。
それは爪痕、と呼ぶには少々大きすぎるものだ。此方から向こうの対岸までは優に５０メートルはあり、裂け目の始まりは地平線の彼方から伸びているので確認はできない。
クロと共にその爪痕を見たサイドン――通常の２倍はあろう、強靭な肉体を持つ彼――リオウはその惨状を逸早く突き止めてクロに報告したのだ。
クロは満足気に頷いた。
「ニグルは何と言っている？」
「少なくとも、神話に語り継がれる黒竜の所為ではないとは言っていました」
冗談なのか、そうではないのか。よく解らない笑みを浮かべつつリオウは言った。
この地方にはそのような竜の伝説が残される。
竜は実在する化身だが、その存在を詳しくは解明されていない。ポケモン同様に解らないことが多い種族だった。
故にその力の象徴として、伝説の話が数多く残される。その中でも特に有名なものは、巨大な竜が天変地異を引き起こしたり、街を救ったりする、というものだ。
その物語に出てくる竜は黒竜が多く、その身体は一歩で山を３つ乗り越えることが出来る程大きいのだとか。
実在する以上存在を否定することはないが、さすがのクロでも神話としか思えなかった。
「竜伝説か。……嫌いじゃないが、今は真面目に聞いているんだ。リオウ」
「申し訳ありません」
リオウに悪そびれた様子が無いのは、クロも楽しげに笑っているから。
こういう時のクロは、実に上官とは信じがたいほどに普通の青年の表情をしていた。
「ニグル様は、恐らく空間の歪みが原因かと。　そう仰っておりました」
これも普通の青年に投げ掛けるのならば、あまりにも現実味の無い言葉。
しかし、クロは残念ながら普通の青年ではない。そんな彼はその言葉の真意が解る。
「……リオウ、お前が神力を持ち、大地の神を任されたとして、だ」
「カイ様には勝てませんよ。仮に売られた喧嘩だとしたら避ける訳には行きません。しかし、その場合は自らの命を犠牲にする覚悟を持ち、戦いに挑まねばなりません」
カイというパルキアについて尋ねる前に、答えを発された。
リオウは思ってもみないだろうが、その言葉の通りの状況に追い込まれているものが居る。
ヴィクトールはカイが消えた後、神力を得て同様の立場に就いた。
だが、カイが消滅していなかった。その立場を、虎視眈々と取り返そうと狙っていたのだ。
もうこれは仮の話等ではない。
目の前に刻まれた爪痕が、空間を司る者に何かが起きたことを指し示している。
クロは眼下に広がるその闇を見つめて、息を吐いた。
「……いずれにせよ、何が起こるかはまだわかりません。これからどうなるのかも、まだ不明です。詳しくは私が調べ、追って連絡を致しましょう」
「あぁ……任せた」
大きなリオウの手が、クロの頭を撫でた。

爪痕の情報はクロの下に居る全ての兵士に伝えられることとなった。
 

[0回]