Cloudy――朝焼けの空
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風のような疾さで飛ぶ。
”あの世界”と”この世界”を繋ぐ入道雲を抜けてから一気に気温が下がったのを肌身に感じたが、それは別の暖かさによってしっかりと護られていた。
オレンジ色の表皮に護られたヴィクトールの身体はドラゴンとは思えないほど暖かく、そして、生命力に溢れていた。
飛んでいる間は会話することも出来ない。あまりの暖かさについ微睡んでしまいそうになっていたが、眠ってしまっては一生懸命飛んでいる彼に失礼だ。
ちら、と上方を見上げて彼の表情を見た時に、彼も私の顔をちらりと見た。
体内の血液が一気に沸騰したかのように熱くなり、体温がまたみるみる上がっていくことが自分自身でもわかった。今頃頬は真っ赤に火照っていることだろう。
何故だろう。今確かに彼は私の心を見透かしたかのように此方を見たような気がした。
そうではない。それはきっと間違いだ。一方的に分かるなんてことはないだろう。
……分かるのだ。薄々、彼の考えていることが”私”にも。
「眠たかったら、眠ってもいいんだよ?」
速度を落としてまで発された、飛行を始めてから初めての問い。
「……いえ、トールさんが頑張ってるのに眠るわけには行きません」
本当はもう夜中で普段なら眠っている時間だ。それに、今日も”技”の感覚を取り戻そうと必死に訓練した。何時間も何時間も私は木や岩に向かい”逆鱗”を繰り出す練習をした。その疲れが溜まっているのは否めない。しかし……
「わかった。それじゃ、少しおしゃべりしながら飛ぼうか」
トールは私の意見をすぐさま尊重してくれる。困っている相手には躊躇うことなく手を差し伸べて、助けてくれる。どこまでこの竜は器が広いのだろうか。
私はこくりとうなずくと、その直後に全くいきなりヴィクトールの巨体が天地さかさまになったのだからたまらない。思わず悲鳴に似た叫び声を上げてしまう。その声にオレンジの竜が背面飛行というアクロバティックな飛行中にもかかわらず声を上げて笑う。
「アハハハハ、ごめんね。驚かせたかな。 見てごらん、月がとっても綺麗だよ」
直後は胸が高鳴り、心臓が破けそうなほどに驚いていた私だがそれも数秒の出来事。
正面には、巨大な巨大な月が浮かんでいた。手を伸ばせば掴めてしまうのではないかと錯覚してしまうほどにその月は大きく、近い距離を浮かんでいるように感じた。
そして、不意に別の高鳴りを感じる。
あまりに美しい月の光は、それを受けるだけで特別なエネルギーを体内に生み出してくれているような気がした。
今まで私の世界で月を見上げたことはあったが、そんな事は全く感じなかった。どんなに深い森の中で生活していても人間の存在が遠くに感じられ、すぐそこまで人間が踏み入る事は幾多もあった。
だが、今は違う。どんなに集中して見渡す限りの空間を見通しても、人間が存在するような気配はなかった。地平線の端から地平線の端まで人間が存在していないのだ。
「此処はポケモンと獣の王国。全ての生命の源が育まれる場所。言わば陸の海と言ったところかな」
大きく宙返りをする竜が呟いた。速度はかなり落ちていて、もう私が変な声を上げることは全く無い。
そうしてくれれば、森や山々が遠くまであることにようやく気付く。銀色の月の光はここまでも美しく、優しく、私達二匹や木々を照らしていく。
「此処に人間は居ないんだ。神話で語られる多くの神がこの地で生まれ、育まれ、世界を見守っている。だから、人間はこの土地を崇めて不用意に立ち居ることは深く禁じられている」
「神々が生まれ、育った場所……」
私は馬鹿のように言葉を反芻することしか出来なかった。でも、その言葉の重さは初めて訪れた自分でもなんとなく理解できる。
月の光を浴びた時感じた”何か”がその答えなのだとしたら。私は育まれている。生命の神がどのような姿形をしているのかは訊かねばわからないが、その神に祝福を受けているという事はもう感じている。
この場所でなら、きっとやれる。私は確信めいたものを既に感じ取っていた。
そして、気づけばもう眠ってしまっていたようだった。
島でクーリアに出会った時、悲しそうな表情をしていた。本当はもっと早く駆けつけたかったんだけどお仕事をして霧に向かって飛ぶことも出来なかった。勿論お仕事が終わったと同時に強い南風に翼を乗せて空へと舞い上がったのだけれども。
静かに彼女は話をしてくれた。どうやら何かの事件に巻き込まれ、一時的に”技”が使えなくなってしまったらしい。
でも、大丈夫。僕なら彼女の覚えられる技は大抵覚えているし、その技を教えることだって出来る。
彼女の悲しみを拭ってみせる。
洞窟にたどり着いたヴィクトールは、自分自身も軽く入れるようなそこに入り込み身を横たえた。が、同時に微かに感じる何かの気配。洞窟の奥の奥、最奥から感じる気配があった。
此処は暫く来ていなかったとはいえ、僕の縄張りだ。
眠る気は一瞬で失せた。まだ何も気付いていないクーリアを残したまま、洞窟の奥へと向かう。
縄張りの巡回を怠ってはいけないな、と心の奥で反省しながら奥へと向かっていく。当たり前だが縄張りの洞窟であるので幾つかの分岐点も完全に把握している。相手にする存在が何処に居るのかもわかった。気配を頼りに奥へ、奥へ。洞窟で眠る小さなポケモン達は突然主が帰宅したことに驚き、目が覚めて岩の陰に飛び込んだ。
それは、例外なくコラッタの家族もそうであった。
眠り込んでいたところに響く足音。地鳴りのような巨大なそれに飛び起き、妻を先に逃したお父さんはまだ半分寝ぼけている息子の首を咥え上げ岩の陰に身を隠す。
足音がついに自分たちの真横まで迫り、眠っていた場所にドン!と巨大な脚が踏み込まれる。同時に感じるのはビリビリとしたトール様の殺意。
危なかった。もう少しで自分たちはぺしゃんこになるところだった。
「なぁ、あれ不味くないか……?;」
「トール様怒ってるよ、避難した方が良いんじゃない?」
「いや、だが……まずは状況の確認が先だ。トール様は最近来たドルヴァ様と一騎打ちするつもりであろう」
ドルヴァ様。洞窟に住む小さなポケモン達はその名前を聞くだけで震え上がる。誰がいつしか呼び始めたのかはわからない。だが、お父さんはその巨大な姿を一度目前で見たことがある。
爪だけでお父さんの3倍、脚だけで10倍、お父さんが50匹は入るような大きな口と牙、毒々しい茶色と紫の模様。岩のような鱗。四足の脚はすらりとして長かったが、その破壊力は紛れも無く強大だ。大きな岩もモモンを潰すかのように壊してしまう。その姿を見た時、私は小さなポケモンで本当に良かったと心の底から思ったものだ。
そして、お父さんはその種が人間の間でヴォルヴェイク種と呼ばれる大きく凶暴な竜である事は知る由もなかった。
「えっ、トール様がドルヴァ様と……トール様がドルヴァ様をやっつけてくれれば、もう僕らは前のように岩の陰でびくびくと震えながら生活する必要は無いんだね!」
息子のコラッタは明るくそう言う。しかし、お父さんは前足で髭を撫でながら思う。
「うん、僕もそうなってほしい……しかし、トール様はドルヴァ様を知らないし、幾らトール様が大きなカイリューとはいえドルヴァ様はそれよりも大きいと思う。それに……」
「もう、お父さんは心配症なんだから!トール様が負ける筈がない!今までだって大きくて乱暴なポケモンや竜から僕らを護ってくれた!そうでしょう!?お父さんはトール様が勝てないとかそう思ってるわけ!?」
息子がぷりぷりと怒り、近くの石をバシバシと叩く。妻が困ったように私に視線を寄越してくる。髭をなぞり、考える。
「……勿論、僕もトール様が勝つと思う。そう、10回トール様とドルヴァ様が勝負したとしよう。そしたら、7回はきっとトール様が勝つだろうね」
お父さんはそう答えたが、それは方便だ。本当の予想は全く逆。10回勝負したら7回はドルヴァ様が勝つ、というものだ。どう頑張って見立ててもトール様が勝てる確率は五分五分だ。
そんな言葉に息子はにこりと笑って走りだした。あろうことか、トール様の消えた洞窟の奥へ。
「10回ともトール様の勝ちだ!行こう、父さん。トール様の勇姿を応援しに行くんだ」
「待て、行っては駄目だ!おい!!」
思わず4,5歩飛び出して、妻の存在を思い出し振り返った。
「必ず連れて戻る!君は外に避難してくれ!”大岩の柱”の根元で落ち合おう!」
「はい……!」
声を荒げるお父さんの声にお母さんはたじろぎ、一瞬躊躇った後お父さんとは逆方向に走りだしていた。
暫くは真っ暗な洞窟を走り続けていた。奥のように住んでいるズバットの群れが、強靭な体を持つイシツブテやゴローン達ですら出口へと向かって一直線に避難していく。対向する流れに逆らって進むのは難しいが、此処で息子を諦めるわけにはいかない。
「ちょろちょろするな!」
「うおぉっ!?」
前ばかり見ていたせいで危うくサイドンに踏み潰されるところだった。前だけじゃなく、上方にも気を遣い、慎重に前へと進んでいく。
そのうち、対向する波がぷっつりと途切れた。彼らが一瞬で通り過ぎ、暗闇に消えていった。
その後は闇と沈黙に支配された世界であった。
物音1つ、気配の1つも無い。そのまま息子の名を呼びながら先へと進んでいく。
そして、息子は大広間の入り口で呆然と立ちすくんでいた。
「居た!こんなところに居ないで逃げ――」
息子の手を掴んで引っ張ろうとした時、暗闇の洞窟が眩しい程に輝いた。目を覆い、その光の先を見る。
「あ、あ……」
もうお父さんも動けない。脚と地面を縫い付けられたかのように、ただその場で呆然としていた。
トール様ですら小さく見えるほどの身体を持つドルヴァ様の口が大きく開かれたかと思うと、紅蓮の焔がその口から吐き出されてトール様を覆い尽くしたのだ。
昔、大きなリザードンが本気で勝負しているのを岩陰から見ていたことがある。リザードンの焔が素晴らしく強いもので皆から賞賛されていたのだが、それもドルヴァ様の焔の前では霞んで見えた。
あまりに強すぎる。この焔が消えた時、トール様は地面に倒れているだろう――そんな悪いイメージばかり考えていた。
だから、その次の光景が信じられなかったのだ。
「……少しはやるみたいだね。でも、所詮その程度だ」
火炎放射を受けたはずだった。しかし、トール様の表皮にその痕跡を残すものは何も無い。余裕の笑みすら浮かべて、そしてその直後の事だ。
地面が唸りだした。
地震かとお父さんは思った。あまりに強い揺れで立っていられず、近くの壁にぴったりと張り付き半目で様子を見る。
「……馬鹿な」
「どうやら、この洞窟の皆を虐めてくれたみたいだね。本当に、本当に、許せない」
底冷えするような声だった。
トール様が怒っている。凄まじい殺気がびりびりと伝わり、洞窟全体を揺らしているのだと気づくまでにどれほどの時間を要したかわからない。ともかく、このあとの光景は悲惨であった。
地面が揺れに耐え切れず裂けた。巨躯を切り刻む爪は留まることを知らず、幾度もドルヴァ様に襲いかかる。その度にドルヴァ様は吹き飛ばされ、とうとう反対の壁際に追い詰められ、尚も止まない攻撃に身を切り裂かれる。背中から壁に体当たりするように飛ばされると、ドルヴァ様の柔らかな腹がむき出しとなり、其処をトール様が的確に爪で切り刻む。
ドルヴァ様の背中が岩の壁に食い込み、岩を削って大広間を更に拡張していく。とうとう奥の壁が崩れ落ち、ぽっかりと向こう側に銀色の――月の光の注ぐ荒野が見えた。
「失せろ」
普段なら絶対に発しないような暴言と共にドルヴァ様を太い尾で殴りつけた。ドルヴァ様は荒野へと吹っ飛ばされ、血の跡を滴らせながら大慌てで荒野を逃げていった。
その後ろ姿を見送ったトール様は、全ての力を失ったかのように地面に倒れ込んだ。
「トール様!」
お父さんは反射的に飛び出した息子の名を叫ぶ。しかし、次の瞬間――あろうことか、トール様が倒れた衝撃で上方の大きな岩が崩れ落ち、息子に降り注ぐ。
もうダメだ、と思った。目を閉じて、手で瞼の上からその光景を覆い隠す。ところが、数秒経っても
大きな岩が落ちる音。息子がぺしゃんこになる音は聞こえなかった。
うっすらと瞳を開けて、指の間から光景を見る。
月の光で影になっていたが、そのシルエットは確かにガブリアスであった。ガブリアスが息子に降り注ぐ岩を砕いてくれた。
息子はガブリアスの足元で気絶していた。
息子が助かったことに大きな息を吐いて安堵すると、歌声のように細く高い澄んだ声が聞こえてきた。
トール様ではない。だとしたら――と、ガブリアスを見た。彼女の唇が微かに揺れていた。
「……これが”逆鱗”なのですね。トールさん……」
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「……いいのか、それで」
「もちろん」
シロが穏やかに頷いたのはもう一週間も前の話だ。
肝臓の末期癌の患者に対し、行える治療法というものは大きく分けて2つある。
1つめは癌と戦うこと。抗癌剤を投与し、様々な副作用と引き換えに癌の進行を遅らせる事。
2つめは痛みを和らげること。癌を治らないものだと自覚し、腫れ物には触らないよう、ただただ痛みを取り除くだけの治療法だ。
前者と後者の違いは生きることを諦めるか、そうでないかという決定的な違いがある。残された余生をどう生きるかは患者が決めることだ。そこに医者は口を挟むことは許されない。しかし、私は医者を越えてシロの友人として言葉を挟んでしまった。
「ALT(作品中のオリジナルでの抗癌剤)を投与してほしいだなんて。あれは、認可が下りたのは一昨日で治験も行っていない抗癌剤だ」
「知ってるよ。とても強い薬だ……最悪、痛くて痛くて泣き叫ぶかもしれないね。でも」
シロが枕元のバックに手を伸ばした。そして、その中から書類を取り出した。
私は見ればすぐにわかる。カルテだ。それも、島でのポケモン達のものだ。
「わかるでしょ?僕の都合でホスピスを選択して、穏やかに死んでる場合じゃないんだ。僕が死んだら、このカルテに載っているポケモン達は医者を無くす事になる」
シロはカルテの紙面に瞳を落とす。完治したものも含めて、総勢200匹を越えるポケモンや人間のカルテがそこには刻まれていた。200もの命がシロの手に委ねられている。
「それに、僕も医者だからね。患者ではあるけど、だからと言って医者は止めない。医者は失った命を乗り越えてでも成長していかなければいけない」
「だからと言って、シロが治験を行わなくても…」
言ってから物凄い後悔した。治験は誰かが何らかの形で行うべきものだ。それが行われていることは事実で、しかし、私がその成果として薬を使っている事は間違いない。治験を否定するということは、薬を使う事を否定するということだ。
「……わかったね。これは君の試練でもある。僕はALTで癌の治療を行う。……わかったら、出て行ってくれないかな。僕はそろそろ眠りたい」
「わかった……」
有無を言わさぬ返答だった。シロはそっぽを向いて雪景色の窓の外へと視線を向けた。
私は外に出て覚悟を決めるしかなかった。
シロはあまりステーションコールを鳴らさなかった。それでも看護師が見回りに行けば必ず戻してしまっていた。抗癌剤は主に吐き気と意識が混濁するようだった。最も、末期癌の痛みは想像を絶するという。最後は理性すら飛んでしまうのだと。
私は外科と研究職が本業で内科的な……薬を与えて、様子を観察するというような事には慣れていなかった。私はメスを奮った患者もその後は内科の先生と相談し治療方法を決めると、今後を内科の先生に託している。そんな事をしていたと思う。だが、シロは内科の先生であるかのように忙しい時間の合間を縫っては患者の見舞いに行っていた。
だから、こうして目の前で戻し、呼吸が早く、痛みを感じては看護師にマッサージを施して貰っている姿を見て唖然としてしまっていたのだ。
「ごめん…ね…」
「何を言ってるんですか。痛い時に痛いと言えるのは患者の特権ですよ、先生。背中撫でますね。他にも痛いところはありませんか?」
看護師のタブンネがシロの背中を摩る。同時にシロが咳を吐く。私はALTでの治療結果を纏めなければならないのだが、それどころでは無かった。脳内で纏め、逃げるように病室から外に出る。
今までこんな患者は何千何万と診てきたはず。しかし、シロという存在が急変しただけでこうも心臓が切れそうな程動転してしまっている自分が居た。
「シロ……」
呟いたところでどうなるわけでもないのに、私は気付いたら呟いていた。
シロの病室から汚れたシーツを抱えて飛び出していくタブンネを呆然と見送った。そして、全く何もせずに新しいシーツを持ってシロの部屋に飛び込んで行くタブンネ。
彼女は強いな……私よりも、ずっと。
そして私はカルテに万年筆を走らせた。
「もちろん」
シロが穏やかに頷いたのはもう一週間も前の話だ。
肝臓の末期癌の患者に対し、行える治療法というものは大きく分けて2つある。
1つめは癌と戦うこと。抗癌剤を投与し、様々な副作用と引き換えに癌の進行を遅らせる事。
2つめは痛みを和らげること。癌を治らないものだと自覚し、腫れ物には触らないよう、ただただ痛みを取り除くだけの治療法だ。
前者と後者の違いは生きることを諦めるか、そうでないかという決定的な違いがある。残された余生をどう生きるかは患者が決めることだ。そこに医者は口を挟むことは許されない。しかし、私は医者を越えてシロの友人として言葉を挟んでしまった。
「ALT(作品中のオリジナルでの抗癌剤)を投与してほしいだなんて。あれは、認可が下りたのは一昨日で治験も行っていない抗癌剤だ」
「知ってるよ。とても強い薬だ……最悪、痛くて痛くて泣き叫ぶかもしれないね。でも」
シロが枕元のバックに手を伸ばした。そして、その中から書類を取り出した。
私は見ればすぐにわかる。カルテだ。それも、島でのポケモン達のものだ。
「わかるでしょ?僕の都合でホスピスを選択して、穏やかに死んでる場合じゃないんだ。僕が死んだら、このカルテに載っているポケモン達は医者を無くす事になる」
シロはカルテの紙面に瞳を落とす。完治したものも含めて、総勢200匹を越えるポケモンや人間のカルテがそこには刻まれていた。200もの命がシロの手に委ねられている。
「それに、僕も医者だからね。患者ではあるけど、だからと言って医者は止めない。医者は失った命を乗り越えてでも成長していかなければいけない」
「だからと言って、シロが治験を行わなくても…」
言ってから物凄い後悔した。治験は誰かが何らかの形で行うべきものだ。それが行われていることは事実で、しかし、私がその成果として薬を使っている事は間違いない。治験を否定するということは、薬を使う事を否定するということだ。
「……わかったね。これは君の試練でもある。僕はALTで癌の治療を行う。……わかったら、出て行ってくれないかな。僕はそろそろ眠りたい」
「わかった……」
有無を言わさぬ返答だった。シロはそっぽを向いて雪景色の窓の外へと視線を向けた。
私は外に出て覚悟を決めるしかなかった。
シロはあまりステーションコールを鳴らさなかった。それでも看護師が見回りに行けば必ず戻してしまっていた。抗癌剤は主に吐き気と意識が混濁するようだった。最も、末期癌の痛みは想像を絶するという。最後は理性すら飛んでしまうのだと。
私は外科と研究職が本業で内科的な……薬を与えて、様子を観察するというような事には慣れていなかった。私はメスを奮った患者もその後は内科の先生と相談し治療方法を決めると、今後を内科の先生に託している。そんな事をしていたと思う。だが、シロは内科の先生であるかのように忙しい時間の合間を縫っては患者の見舞いに行っていた。
だから、こうして目の前で戻し、呼吸が早く、痛みを感じては看護師にマッサージを施して貰っている姿を見て唖然としてしまっていたのだ。
「ごめん…ね…」
「何を言ってるんですか。痛い時に痛いと言えるのは患者の特権ですよ、先生。背中撫でますね。他にも痛いところはありませんか?」
看護師のタブンネがシロの背中を摩る。同時にシロが咳を吐く。私はALTでの治療結果を纏めなければならないのだが、それどころでは無かった。脳内で纏め、逃げるように病室から外に出る。
今までこんな患者は何千何万と診てきたはず。しかし、シロという存在が急変しただけでこうも心臓が切れそうな程動転してしまっている自分が居た。
「シロ……」
呟いたところでどうなるわけでもないのに、私は気付いたら呟いていた。
シロの病室から汚れたシーツを抱えて飛び出していくタブンネを呆然と見送った。そして、全く何もせずに新しいシーツを持ってシロの部屋に飛び込んで行くタブンネ。
彼女は強いな……私よりも、ずっと。
そして私はカルテに万年筆を走らせた。
大方の傷の処置は終わった。次いで、右前脚の傷を処置し終了となる。縫合を終えて、全て終了。
ルバートはマスクを外し、部屋の全員にオペ終了を伝える。真っ赤に染まった両手のゴム手袋を外し、手を石鹸で良く洗い、手術室から廊下へと向かう。
ルバートが向かった先は、シロの病室だ。
シロは部屋に居た。ベッドをリクライニングさせ、窓から外を眺めている。もうこちらの世界では島の気候より大分早く長い長い冬が訪れていた。粉雪が視界を閉ざしていく。
「シロ、手術は終わったぞ。成功だ」
扉を閉めるより早くそう彼へと告げると、彼はうっすらと微笑んだ。
シロが島から運び込んできたアブソルの緊急オペの結果を伝え、その後医療の言葉を並べて医者でしかわからない話をした。つまり、問題はなし。今後のリハビリ時間だけを今のうちにルバートは伝えたのだ。後々いずれにせよシロに許可を求める必要があるのだ。
「いいよ、その調子で頑張って。」
シロからGOサインが出ると小さく頷き、部屋を後にしようとした。
しかし。
「ルバート」
何だ、と振り返る。シロに声を掛けられたのだ。
シロは青色の瞳をこちらに向け、にこりと微笑んだ。
「……ううん、なんでもない。この後も頑張ってね」
「あぁ」
小さく頷いて部屋を出る。
彼はもう自分の死期が近い。そう悟った表情をしていたのを、ルバートは感じ取っていたのだった。
ルバートはマスクを外し、部屋の全員にオペ終了を伝える。真っ赤に染まった両手のゴム手袋を外し、手を石鹸で良く洗い、手術室から廊下へと向かう。
ルバートが向かった先は、シロの病室だ。
シロは部屋に居た。ベッドをリクライニングさせ、窓から外を眺めている。もうこちらの世界では島の気候より大分早く長い長い冬が訪れていた。粉雪が視界を閉ざしていく。
「シロ、手術は終わったぞ。成功だ」
扉を閉めるより早くそう彼へと告げると、彼はうっすらと微笑んだ。
シロが島から運び込んできたアブソルの緊急オペの結果を伝え、その後医療の言葉を並べて医者でしかわからない話をした。つまり、問題はなし。今後のリハビリ時間だけを今のうちにルバートは伝えたのだ。後々いずれにせよシロに許可を求める必要があるのだ。
「いいよ、その調子で頑張って。」
シロからGOサインが出ると小さく頷き、部屋を後にしようとした。
しかし。
「ルバート」
何だ、と振り返る。シロに声を掛けられたのだ。
シロは青色の瞳をこちらに向け、にこりと微笑んだ。
「……ううん、なんでもない。この後も頑張ってね」
「あぁ」
小さく頷いて部屋を出る。
彼はもう自分の死期が近い。そう悟った表情をしていたのを、ルバートは感じ取っていたのだった。
夜中、ドンが案内されたのは彼らの住むロックフォールという場所だった。
岩壁をくり抜いて造られた軍施設で、周囲には岩肌意外何もない。主に岩や地面タイプのポケモンが配属されている。特に新人の教育が行われる場所でもあり、軍に入隊したサイドンやバンギラス、ボスゴドラの姿が目立った。
夜は眠りにつく時間だが、悪タイプを併せ持つバンギラス達は歩哨に立ち、オーガとギディオンの姿を見るや否やすぐに敬礼と直立不動の姿勢を取った。
「二人は軍関係者だったのか……」
「あぁ、俺は籍を置く軍は違うけどな。昔はオーガと同じ、この部隊のなかなか上の地位に居たよ。」
ドンの些細な疑問に答えたのはギディオンだった。オーガは寡黙であり、静かに歩くだけで殆ど話さない。どうやったらそこまで大きくなれるのかとか、そんな話をしてみたかったが初対面を相手にそこまで質問する勇気はなかった。何だかんだ言っても、その初対面の相手に誘われて霧の向こうの世界まで遊びに来てしまったわけなのだけれども。
「ここだ」
オーガに連れられてやってきた場所は、屋外の競技場のようだった。大きなトラックが見える。
「ポケスロンかよ」
「新人のトレーニングだ。いきなり俺達と同じ訓練では少々負荷が強すぎると思ってな」
「ポケスロン…って何だ?」
ドンがきょとん、とした表情で二人を見上げて首を傾げる。そんな彼に対し、オーガは腕を組み士官らしく語る。
「言わばポケモンの競技大会のようなものだ。通常はトレーナー1人に対し手持ち3匹で行うスポーツに値するもの。しかし、我々は新人の軍人の育成に対して使っているのだ。個人競技とし、負荷を強めてより強くなって欲しい。」
「なるほどな…」
理屈より、まずは試してみた方がいい。オーガの一声でドンがスタンバイし、それにギディオンが続く。
「…待った、ギディさんが俺の相手をするのか?;」
「何か問題でも?」
にやりと笑ってギディオンが答える。そもそも体格が2倍以上違う相手とどう戦えと!そう言いたかったが、ここまで来て泣き言は言うまい。強くなるためだ、と覚悟を決めた。
ステージは岩肌をくり抜いた比較的狭い四角形の窪地だった。狭いと言っても一辺は15メートル程あり、比較的広くはあるのだろうが、如何せんそこに8メートルはあろうバンギラスが入る。圧迫感で狭く感じるのだ。
「手始めにリングアウトファイトだ。技の使用は禁止とし、全力で相手を壁まで吹き飛ばせ。それだけだ!」
初めぇっ!オーガの一声で檻でのデスマッチが始まった。
咆哮と共に飛び出していったのはドンだった。不意を突かれたかのようにドンを受け止めるギディオンだが、しかしそれでも彼の前進は止まらずにとうとう背後の壁に背中から衝突し岩肌が大きく崩れた。
「よし!」
ドンが軽くガッツポーズし、すぐにオーガの「有効」の判定。ギディオンの瞳が鋭くドンを睨みつけた。
「…良い力を持っているな。来い!」
再び巨大なものが衝突音を上げる。ぐ、と力が均衡しお互いに微動だにしない。直ぐにドンが一度下がり、フェイントを仕掛けてギディオンを前へとつんのめさせる。はっ、と体重移動を完了させる前にドンのタックルでギディオンは面白いように飛ばされ再び岩肌に突っ込む事となる。そしてこれも立派な「有効」の判定だ。
「…セコいな」
「勝つためならなんでもしてやる!」
そして再び衝突音。今度はギディオンが前へと出た。ぐ…と呻きのような声を上げるのはドンの肺から押し出された酸素によるもの。ギディオンは自らの半身を預けるかのようにドンへと巨体を前へと出す。少しでも退こうものなら一気にプレッシャーと力に負けその場に崩れ落ちるか壁に背中を押し付けられるかの二者択一だ。この姿勢では力を緩めることもできず、顎を引いたまま呼吸もできない。それでも身体は酸素を求める。ドンは顔を初めは真っ赤にして応戦していたが、その表情はやがて青くなっていく。チアノーゼ、と呼ばれる状態だ。酸素欠乏状態。無呼吸で酸素が足りないために顔が青くなるのだ。
「が、はぁ…!」
そして、酸素を求める要求に負けた瞬間、ドンは吹き飛ばされていた。豪快に背中で岩肌をえぐるとぐったりと膝を着いた。こうなってしまえば、身体に力を入れることすらままならない。必死に応戦してもギディオンの巨体を押し返すどころか、玩具のように投げ飛ばされるばかりだった。
最後は規定の時間まで立っている事ができずに、オーガに抱えられてリングの外に出た。
ようやく回復し、ドンはギディオンを睨みつける。
「くそ、あんなの有りかよ…!」
「有りだ。耐えられないお前が悪い」
あまりの正論に言葉も出ない。悔しかった。体格差があるとはいえ、負けたのは事実だった。
「…心肺機能や筋肉の増強はドンのこれから次第と言ったところだ。今日はデモンストレーション。相手も鬼のように強いヤツだった。ここまで完膚なきにやられると、世界は広いと実感するだろう?」
ドンは素直に頷く。
「でも大丈夫だ。そのうち強くなる。…さぁ、戻って休もうか明日もトレーニングだ」
オーガの言葉にドンは頷いた。立ち上がり、広場を後にする。岩をくり抜いたオーガのための部屋にお邪魔し、夜はこの辺に生息するドラゴンの肉を喰った。巨大なそれをたらふく喰った後、これこそがまさに俺達の身体を作るエネルギー原なのかもな。と教えてもらい眠った。
翌日も、何度も大地にブッ倒れるほど過酷なトレーニングを受けたのだった。
岩壁をくり抜いて造られた軍施設で、周囲には岩肌意外何もない。主に岩や地面タイプのポケモンが配属されている。特に新人の教育が行われる場所でもあり、軍に入隊したサイドンやバンギラス、ボスゴドラの姿が目立った。
夜は眠りにつく時間だが、悪タイプを併せ持つバンギラス達は歩哨に立ち、オーガとギディオンの姿を見るや否やすぐに敬礼と直立不動の姿勢を取った。
「二人は軍関係者だったのか……」
「あぁ、俺は籍を置く軍は違うけどな。昔はオーガと同じ、この部隊のなかなか上の地位に居たよ。」
ドンの些細な疑問に答えたのはギディオンだった。オーガは寡黙であり、静かに歩くだけで殆ど話さない。どうやったらそこまで大きくなれるのかとか、そんな話をしてみたかったが初対面を相手にそこまで質問する勇気はなかった。何だかんだ言っても、その初対面の相手に誘われて霧の向こうの世界まで遊びに来てしまったわけなのだけれども。
「ここだ」
オーガに連れられてやってきた場所は、屋外の競技場のようだった。大きなトラックが見える。
「ポケスロンかよ」
「新人のトレーニングだ。いきなり俺達と同じ訓練では少々負荷が強すぎると思ってな」
「ポケスロン…って何だ?」
ドンがきょとん、とした表情で二人を見上げて首を傾げる。そんな彼に対し、オーガは腕を組み士官らしく語る。
「言わばポケモンの競技大会のようなものだ。通常はトレーナー1人に対し手持ち3匹で行うスポーツに値するもの。しかし、我々は新人の軍人の育成に対して使っているのだ。個人競技とし、負荷を強めてより強くなって欲しい。」
「なるほどな…」
理屈より、まずは試してみた方がいい。オーガの一声でドンがスタンバイし、それにギディオンが続く。
「…待った、ギディさんが俺の相手をするのか?;」
「何か問題でも?」
にやりと笑ってギディオンが答える。そもそも体格が2倍以上違う相手とどう戦えと!そう言いたかったが、ここまで来て泣き言は言うまい。強くなるためだ、と覚悟を決めた。
ステージは岩肌をくり抜いた比較的狭い四角形の窪地だった。狭いと言っても一辺は15メートル程あり、比較的広くはあるのだろうが、如何せんそこに8メートルはあろうバンギラスが入る。圧迫感で狭く感じるのだ。
「手始めにリングアウトファイトだ。技の使用は禁止とし、全力で相手を壁まで吹き飛ばせ。それだけだ!」
初めぇっ!オーガの一声で檻でのデスマッチが始まった。
咆哮と共に飛び出していったのはドンだった。不意を突かれたかのようにドンを受け止めるギディオンだが、しかしそれでも彼の前進は止まらずにとうとう背後の壁に背中から衝突し岩肌が大きく崩れた。
「よし!」
ドンが軽くガッツポーズし、すぐにオーガの「有効」の判定。ギディオンの瞳が鋭くドンを睨みつけた。
「…良い力を持っているな。来い!」
再び巨大なものが衝突音を上げる。ぐ、と力が均衡しお互いに微動だにしない。直ぐにドンが一度下がり、フェイントを仕掛けてギディオンを前へとつんのめさせる。はっ、と体重移動を完了させる前にドンのタックルでギディオンは面白いように飛ばされ再び岩肌に突っ込む事となる。そしてこれも立派な「有効」の判定だ。
「…セコいな」
「勝つためならなんでもしてやる!」
そして再び衝突音。今度はギディオンが前へと出た。ぐ…と呻きのような声を上げるのはドンの肺から押し出された酸素によるもの。ギディオンは自らの半身を預けるかのようにドンへと巨体を前へと出す。少しでも退こうものなら一気にプレッシャーと力に負けその場に崩れ落ちるか壁に背中を押し付けられるかの二者択一だ。この姿勢では力を緩めることもできず、顎を引いたまま呼吸もできない。それでも身体は酸素を求める。ドンは顔を初めは真っ赤にして応戦していたが、その表情はやがて青くなっていく。チアノーゼ、と呼ばれる状態だ。酸素欠乏状態。無呼吸で酸素が足りないために顔が青くなるのだ。
「が、はぁ…!」
そして、酸素を求める要求に負けた瞬間、ドンは吹き飛ばされていた。豪快に背中で岩肌をえぐるとぐったりと膝を着いた。こうなってしまえば、身体に力を入れることすらままならない。必死に応戦してもギディオンの巨体を押し返すどころか、玩具のように投げ飛ばされるばかりだった。
最後は規定の時間まで立っている事ができずに、オーガに抱えられてリングの外に出た。
ようやく回復し、ドンはギディオンを睨みつける。
「くそ、あんなの有りかよ…!」
「有りだ。耐えられないお前が悪い」
あまりの正論に言葉も出ない。悔しかった。体格差があるとはいえ、負けたのは事実だった。
「…心肺機能や筋肉の増強はドンのこれから次第と言ったところだ。今日はデモンストレーション。相手も鬼のように強いヤツだった。ここまで完膚なきにやられると、世界は広いと実感するだろう?」
ドンは素直に頷く。
「でも大丈夫だ。そのうち強くなる。…さぁ、戻って休もうか明日もトレーニングだ」
オーガの言葉にドンは頷いた。立ち上がり、広場を後にする。岩をくり抜いたオーガのための部屋にお邪魔し、夜はこの辺に生息するドラゴンの肉を喰った。巨大なそれをたらふく喰った後、これこそがまさに俺達の身体を作るエネルギー原なのかもな。と教えてもらい眠った。
翌日も、何度も大地にブッ倒れるほど過酷なトレーニングを受けたのだった。
ヴォルフシャンフェ初療室。初めて見るMRIにやや緊張気味のカムイを寝かせ、診療を開始する。
「…なぁスピネット。こういうのって波導でどうにかなるものじゃないのか?」
「確かに機械は波導には勝てない。だが、高い精度での診療が行えるのは事実だ」
私はその言葉に視線を向けることなく言った。コンピューター端末を操作し、準備を進める。
「事前の検査は多くて困ることではない。患者の体調を崩さない程度ならばな。それに、こうして誰が診ても診療の結果を共有できる方法をとらなければ、シロとも手術の段取りを決めることも出来ない」
「そ、それもそうだな…」
苦笑するカムイ。静かに輪を潜るだけのその診療に、これだけ!?と驚かせながらも、あっという間に診療が終わった。
MRIはCTと違い、結果が出るのにもやや時間が掛かる。そのかわり、MRIは鮮明な結果が出せる。似たような結果が出せる機械でありながらこの2つが違いに存在するのは、医療の現場そのものが時間を惜しむか内容にこだわるかの2択だからだろう。
ようやく完成した結果を眺め、私は眉を潜めた。
「シロ、これをどう思う?」
「……癒着の進行が早いね。凄い」
彼も同じ見立てをした。
通常、生物は怪我をした時に自分の自己治癒能力で自然に少しずつ傷は塞がっていく。それは勿論、ルカリオも例外ではない。
今回のケース、彼は王水を右腕に浴びて怪我をした。通常薬品により細胞が壊死をした場合、かなり長期間の療養を重ねなければ自己治癒が始まる事は無いだろう、と見立てられていた。
ところが、実際は違う結果が出て来たのだ。
「幾ら緊急処置が早かったとは言え、癒着はここまで早く進むものじゃない。ましてや、まだ神経細胞が発達してないのに肉だけ埋まるなんて…」
「同じルカリオとしても不可解だ」
「……でも、結果的にはやりやすいんじゃないかな。」
そうだ。冷静に考えればこの状況はしっかりと細胞が形成されているため、神経細胞の形成を行いやすい。逆に理想的な手術の状態とも言えた。
「それじゃぁ、僕は彼を呼んで来るよ。第六手術室で…麻酔導入も終わらせておくから、君は」
「神経細胞の準備を行います。30分後に、また」
小さく笑うシロと共に、初療室を後にした。
手術は細かい作業だ。特に神経を縫い合わせるなど並の人間が出来る事じゃない。
それをシロは行ってしまう。平然と作業をこなし、彼の補佐を行うべき自分が遅れを取る状況もあった。それが無ければこの手術は2時間45分で終わっただろう。3時間も掛かったのは私のせいだと言っても差し支えはない。
しかし、普通ならこの倍の時間を必要とするだろう。
「お疲れ様、スピネット」
「えぇ…互いに」
私はシロと握手を交わした。
「さて、約束通りにカムイが目覚めたら料理のフルコースだ。クロもレシフィールも、もう料理をしてるみたいだし、僕も行かなきゃ」
またね、と手を振った彼の後ろ姿を見送ったのだった。
五月だというのに雪が降った。南から冷気を伴って吹きつける風が身に沁みて筋繊維が否応なしに収縮するのを感じる。僕はラティオスとしての血も混じっているということで、寒さには滅法弱い。こんな気温は苦手だった。
リヴェアの街は現在街としての機能を果たしていない。元々は同盟国、フェリオンに所属する中規模の街だったのだが、今や戦争による破壊により街は瓦礫の山と化していた。また、現在はこの街で暮らしていた人々は後方の街へと集団で退避したため、この街に居るのはシティ国軍第2竜騎士師団だけだ。
朝は粉雪だった街も昼を回ると牡丹雪となり、雪の止む気配は無いがかすかに気温が上がったようにも思えた。
僕は今、街の郊外に着陸した補給部隊からの医薬品を受け取り、部下にそれを託すと今後どのように貴重な医薬品を使うかの分配を考えながら街の教会へと向かっていた。
すでにこの街の診療所は壊れたか、重症の患者で受け入れができない状況から、新しく教会を診療所として使うこととなったのだ。
道にうっすらと積もった雪を掻くための巨大な牽引車を引くのは、やはり巨大な灰色のドラゴンだった。道によけて彼を見上げると、鼻から熱そうな白い呼気
をぶふふ、と鳴らしながら僕を見下ろしてにんまりと笑った。ドラゴンの背中に跨る男の竜騎士は僕の姿を見るなり敬礼をした。小さくため息を吐きかけながら、僕も敬礼を返す。そのまま、彼らが道の向こうまで行ってしまうのを見送ってから、また歩き出す。
金属の謎の生命体、モノラルとの戦いは激しさを増す一方だった。
研究の結果、モノラルとポケモンを戦わせることは非常に不利なことであることが判明した。軍のトップに立つクロは軍に大きな方向転換を命じたのだ。その内容は至ってシンプルなものだった。ポケモンは内地へと戻り、輸送任務に徹する。或いは、ドラゴンを中心とする部隊の補佐に回らせた。一方でドラゴンを中心とする部隊である竜騎士隊は前線へと次々と輸送されていくこととなる。この決断はポケモンの部隊を指揮する何名かの指揮官の反感を買ったようだが、結局クロの言う事に決定された。力のある者が決定権を得るのは、人も獣も同じなんだな、と心の中で思う。
結局、軍医大隊長の名を背負う自分にとって、ドラゴン中心の戦闘だろうがポケモン中心の戦闘だろうが、関係ないのだ。命を追う事を命じられた僕らは、自分たちの力と知識を使って一人でも犠牲者を減らす事を第一に考えなければならない。閣議で一通りの結論に至った後、それまで黙ってはいたものの、吠えるように支援物資の確保と過剰なまでの供給を僕は求めた。
そうこうしている間に、教会が見えた。診察を受けて戻る少女を横目に、僕は扉を開いて中へと進んだ。
沢山あった長椅子はすべて取り払われ、床に毛布を敷いて即席のベッドとして診療所として機能させる。その即席のベッドにはまだけが人は少ないものの、そのうち此処も足の踏み場もなくなるのだろう。ドラゴンという友を無くし、自分だけ生き残った少年のすすり泣く声が静かに教会に響き渡った。
此処では、悲しみと悲しみの連鎖しかない。
僕が教会の奥……元々司祭の控室だった部屋。今は軍医達の控室になっている……その部屋へ入った。
「おかえりなさい、隊長。薬は予想よりずっと多かったですよ」
と、僕とまったく同じ、濃い緑色の戦闘服に大きな赤十字のマークを付けた青年が言う。
彼は中隊の班長だった。
「ただいま。 ……そうだね。でも、医薬品は幾らあってもそのうち足りなくなる。倉庫の中には詰め込めるだけの医薬品を詰め込んでおいてください。どんなに大きなドラゴンでも治療ができるように、です」
はい、と班長が軽く微笑んだ。彼は僕より年上だが、気さくで僕が彼よりも上の立場であることを恨んだりしていない青年だ。僕は彼の事が好きだし、彼も僕を好んでるように思う。わずかに取れる食事の時間も共に過ごし、お互いに医療の話をしながらの食事がここでの日課となっている。
彼は、医者になったらすぐに教員免許を取るそうだ。子供に医療を学んでほしいのだと言う。そして、できうる事なら僕らと同じ、軍医になってもらいたいのだと。
彼なら丁寧で、優しい指導ができる。医療を学ぶ者に有りがちな小手先だけのオペの仕方を教えるのでなく、病気と向き合うような姿勢を教えられるのも彼だけなのだろう。
僕は、その機会がなくなってしまった。
残念な事だけれども、彼が選んだ道なのだから仕方ない。そう思う反面、まだ諦めきれない気持ちもあった。
僕に何か、出来ることがあるのだろうか。
「…隊長。どうしました、気分が優れませんか?」
目の前の彼がぼんやりと考え込む僕を心配して声を掛けてくれていた。はっ、と気付くと首を左右に振って。
「大丈夫だよ」
「そうですか…それなら良かったです。そういえば、物資に紛れて手紙が届いてましたよ」
隊長宛てです。と彼は懐から封筒を取り出し、差し出した。
「…私と同じ腹から生まれた者より?」
確かに宛名は僕で間違いなかった。しかし、差出人の名前は書かれておらず、そんな意味深な一言が添えられていた。
牡丹雪がまた粉雪に変わった頃、シロは手紙の封を破った。
カムイさんが僕の動向に気付いたらしい。姉さんがそう話してくれた。
カムイさんは僕らがこの戦争に赴くことを良く思っていないらしい。話を聞けば姉さんの話し方も少し不味い点があるかもしれないけど、僕自身はカムイさんがそうやって怒ってくれたことにとても感謝している。彼は心配性だから、きっと僕らを失ったり怪我をしたりするのが我慢ならないのだろう。出来ることなら少し時間を作って、カムイさんや皆と会いたい。
僕自身、あんな戦場に行くのは嫌だ。
戦場で戦ってる仲間がいるからそんな泣き言を言えやしないけど、心の中ではそう思ってる。僕は後方で運ばれてきた患者を診る、それがいいのに。
何が好きで銃弾や砲撃の飛び交う戦場に行かなければならないのだろう。
必要な仕事だと分かっていても、前線移動の前ではいつもこんな憂鬱な気持ちになる。僕は必要最低限な仕事だけをこなし、部屋に数日間閉じこもっていた。
そんな時、ポケナビが鳴った。
「……もしもし」
「シロ、相談したいことがあるんだが。少しご足労頂けないだろうか。第23研究室で待っている」
有無を言わさない言葉遣いで電話口の相手はそう言い放ち、通話を一方的にシャットアウトした。僕はすぐに大きなため息を吐いてベッドから起きあがった。
スピネットは医者だけど、化学系の研究者でもあった。今回の謎の敵を調査する役目を貰っていたはずだ。確かに何かあった時、彼はクロよりも僕の事を呼び出す事が多い。同じ医者の先輩後輩同士で気がしれているのもあったけど、それよりも彼曰く「馬鹿とは話したくない」だそうだ。
寝癖を直し、顔を洗ってから自室を出た。長い廊下を歩き、エレベーターを目指す。
ヴォルフシャンフェは軍の秘密基地のようなものだ。当然のように新型兵器の格納庫まであるし、最先端の研究もここで行われている。何より、今朝の新聞で報道はされてしまったものの、重要な秘密を隠しておくにはこれ以上ない秘密の場所だ。
第23研究室の扉はすぐに開いた。薄暗い、乱雑した其処にテーブルを挟んで誰かと話す白衣姿のルカリオがいた。彼こそがスピネットである。
「……遅かったな」
視線を軽くこちらへ飛ばしてくる。それの主成分には軽蔑すらも含まれていた。
有無を言わせぬこの口調にかなり帰りたくなるものの、ひとまず瓦礫のように積み重なった謎の研究物の中から椅子を発見したのでそれを引っ張り出して机へと向かった。
「ごめんね、身支度を整えるのに時間が掛って」
「まぁ、いい。 ……紹介しよう、キルディア社のアイッシュ博士だ」
キルディア社と言えば、かなり大規模な会社だ。その会社で取り扱っているものは、高分子材料だ。簡単に説明すると、ペットボトルからパソコン、マウスに至るまで身の回りのプラスチックという材料の取り扱い、研究は多くの企業を差し置いて業界シェア六割を超えているとか聞いたことがある。
「アイッシュだ」
大柄のダイゲンキが前脚を差し出してきた。見上げるように視線を移し、その脚を軽く取って自己紹介を交わした。
そして、再びスピネットが切り出す。
「”モノラル”と名付けた。……敵はこの生き物だ」
スピネットが手に取り落としたそれは明らかに無機物の音を発した。しかし、スピネットは確かにそう言った。「生き物」だと。
「……これはどう見ても機械じゃないのかな」
「逆に問おう。生き物とは何かね?」
アイッシュが毒々しいスピネットの言い草とは対照的に、紳士らしい口調で優しげに問いかけた。
その言葉の優しさは分かるが、質問の回答はかなり迷うものだ。僕は一瞬言葉を止め、思考に専念した。
「……多くの定義があると思いますが、生き物最大の特徴は”意思を持つか否か”です」
今では草花から微生物まですべての生き物に”意思を持つ”という結果が出ている。その結果を利用した回答だ。
「エクセレント! 流石お医者様だね。 その定義なら」
「この機械のような物質に、意思が存在すると?」
僕は窺わしさを拭えずに居た。
目前に転がっているのはどう見ても透明で、かつ金属音のする物質だ。
叩けば金属音の響く生き物も居る。透明になる生き物も居る。だが、僕の常識の中で透明な金属など聞いたこともない。ましてや、それが生き物であるなどにわかに信じ難いのだ。
「……もう少し説明しよう。コイツは未知の場所からやってきた、未知なる存在だと思って聞いてほしい。頭にある今までの常識や価値観を全て空っぽにして、だ」
スピネットの言葉に小さく僕は頷いた。そして、ようやく持って来た椅子に腰掛ける。
「コイツは合金と知能を兼ね備えたゲルで出来ている。姿は千差万別だが、ガブリアスやボーマンダ等比較的強い進化系ポケモンであることが多いようだ。その飛行能力や運動能力は通常のポケモンとなんら変わらない。合金は実態は不明だが、俺達の世界で使ってる材料に最も近いのはPC…ポリカーボネートと呼ばれる材料だ。高い耐熱、耐衝撃、そして透明性を持っている。最も、コイツはPCと比べものにならないほど強い。耐熱、耐衝撃に関しては合金にも勝る。リザードンの炎にも耐えるし、バンギラスのパンチにもびくともしない。おまけに電撃は吸収され、致命傷には至らない。水圧はいわずがもな…だ」
「簡単に言えば、防御は完璧ということかな」
スピネットの早い説明に対し、意味が全く分かっていなかったシロにとって、アイッシュの最後のアドバイスは頼もしかった。
「そして攻撃だが…こいつらは強力な王水、毒、電撃。そして、サイコキネシスを操る」
王水とは酸の一種だ。濃塩酸と濃硝酸を3対1で混ぜたものであり、その威力は最も溶けにくいと言われている金、白金まで溶かすと言われている。最強の酸であり、人やポケモンがそれを浴びればたちどころに身体が溶けて苦しみながら死に至るだろう。
「こいつらは、僕等が蛋白質主体の生物であることを知ってるのかもしれない」
「着眼点が良いね、シロ」
アイッシュが小さく頷き、モノラルのかけらを前脚で弄りながら言う。
「彼等は皆こういう生き物で、そのまま進化してきたとしたら…私達に対して王水や電撃等を使う事はない。彼等の常識でそれは通用しない武器だからだ。それなのに、狙いを定めたようにこのような武器を使うということは…」
「相手も僕等の存在を知っている。そして、僕等を最も合理的に、かつ楽に殺しに来た」
エクセレント!アイッシュは満足げに頷いた。
「また、このモノラルには面白いモノもあるんだ。…これを見てほしい」
と、続けて取り出されたのは一枚の写真だった。顕微鏡越しの写真らしく、円の司会の中にむさらき色の細胞が無数に散らばっている。だが、その中心にある細胞は見慣れない細胞を発見した。ご存知のように主成分はメタモンの細胞から成り立っているが、写真の中央部には見慣れない細胞が写り混んでいる。
「この細胞が存在することによって、こいつらは強力なサイコキネシスを放つことができる。」
シロはその細胞に妙な引っ掛かりを覚えていた。
この細胞、シロはどこかで見たことがあるのだ。
ずっと昔。どこかで。
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Kです。
いろいろ生真面目な事を書くと疲れると思うんで、箇条書きでいいですか?いいですよね。
・野球とポケモンが好きです。
・野球はキャッチャーやってました。ミットを持つと人間が変わるとよく言われます(笑
・ポケモンはラプラス、バクフーン、ラティオス辺りが好み。
・すごくカッコイイかすごくカワイイが好き(笑
・カフェパのプロフナンバーは4。
・芸能人の三浦春馬と全く同じ日に生まれる。雲泥の年収差があってちょっと泣ける←
・音楽も好きです。
・好きなバンドはBIGMAMAとBUMP OF CHICKEN。
・他にも色々ありますが、一番好きなのはこの2つ。
こんなやつです。仲良くしてやってください。
いろいろ生真面目な事を書くと疲れると思うんで、箇条書きでいいですか?いいですよね。
・野球とポケモンが好きです。
・野球はキャッチャーやってました。ミットを持つと人間が変わるとよく言われます(笑
・ポケモンはラプラス、バクフーン、ラティオス辺りが好み。
・すごくカッコイイかすごくカワイイが好き(笑
・カフェパのプロフナンバーは4。
・芸能人の三浦春馬と全く同じ日に生まれる。雲泥の年収差があってちょっと泣ける←
・音楽も好きです。
・好きなバンドはBIGMAMAとBUMP OF CHICKEN。
・他にも色々ありますが、一番好きなのはこの2つ。
こんなやつです。仲良くしてやってください。
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