「とらくんって言うのよ。強かったし、何より……」
「何より？」
「可愛かったわ」
レシフィールの左腕を見つつ、呆れたようにため息を１つ零すシロ。
彼女の好みが最近解って来た様な気がする。先ず毛の生えたもの。そして身体が大きいこと。四足だとなお良い。
ちなみに、彼女にとっての至高はドラゴンという事は揺ぎ無いものなので除外。別腹というヤツだ。
「やーね、ドラゴンは別腹に決まってるじゃない」とか言いつつ、にこにこと微笑む彼女の表情が鮮明に描かれる。本来ドラゴンは食べるものではないというのに。
「左腕は特に問題ない。骨が折れてるけど、いつもの通りギプスだけやって放っておけば２，３日すれば治る。他の傷も正直そこまで酷くないし大丈夫だと思う。完治までは２，３日ってトコかな」
「ヒースがまた心配するわね……」
包帯の巻かれた左手を眺めて、レシフィールそんなことをポツリと呟いた。
「ヒースなら気持ちの整理をつけるから大丈夫だと思う」
実際ヒースはシロが見た限りではかなり頼りになるガブリアスだ。躊躇いの無い攻撃や戦闘慣れした振る舞いを見れば誰しもがそう考えるだろう。
実際、既にこの基地の中でも彼の存在は大きなものになっているようだった。
竜騎士の間でも一目置かれる程の手腕。彼に憧れの瞳を向けるドラゴンポケモンも少なくは無いという。
「……そうね」
レシフィールもシロの言葉に納得したかのように頷き、立ち上がる。
ギプスの左腕に若干の違和感があるように軽くそれを撫でるが、それも一時のことだ。
そして今夜も変わらず夜襲を行う。指揮官として、彼女は医務室を出た。

不甲斐無い。チームも、俺も。こんな成績でオフシーズンを迎える事が出来るわけがない。
クロのミットに収まった剛速球は爆竹が何十個も同時に爆ぜた様な音を吐き出した。
怒りに身を任せて放たれるストレートはシーズンを通じてどんなに調子の良かった日よりも速い。だが、残念ながらスクリーンに球速が表示されることは無く、それは球を受けているクロだけが知っている事実に終わる。
無言の会話が続けられた。互いに信頼を置くバッテリーは口からの言葉だけではなく、球でも会話を交わす。
シーズンの成績は、一年目にしては悪くない。まして、突然彗星の如く現れたルーキーなのだ。
だが、その成績にスラッガーは納得する事ができなかった。
この世界で負け知らずだった彼の、初めて敗戦を喫した夜。寮を抜け出し戻ってきて、一頻り暴れ、悔しさから涙を流した。
まるで甲子園行きの切符を逃した高校生のように、だ。
彼は野球に全てを賭した。クロの元を離れ、世界を超えて野球をしたいが為に名前まで琉川と変えた彼にとって、野球ができる喜びを表すのは初めの三ヶ月だけだった。
後は自分がチームのために勝つ、それだけを誓ってきた。
彼もまたクロの元で訓練を積んだ傭兵なのだ。
背中に背負ったものは大きい。
それが彼のこの成績に対する怒りを増幅させる。
「……スラッガー」
クロが呟いた。投げ込まれたボールを投げ返すこと無く、マウンドのスラッガーへ歩み寄った。
「……なんだよ」
「お前は、いつだってマウンドの大将だったよなぁ。そして、お前が投げて俺が守った試合で負けは無かった」
それは、写真に収めているならば風景が色褪せているであろう。それほど前の記憶。
スラッガーというデンリュウがキャッチャーから弱気なサインに首を振り、真っ向勝負を仕掛け三振を力で奪っていた。
スラッガーというデンリュウがノーヒットで進んでいた試合を、自らのバットで打ち砕き、勝利に導いた。
「昔を思い出せよ、スラッガー。あの頃、お前はエースしてだけではなくグラウンドを駆け回っていた筈だ」
「……昔、を」
クロはそれだけを言うと、宿舎へと歩き去っていった。
スラッガーは満面の星空を見上げ、暫く考え込む。そして走り出した。

遠く離れた場所に居る、旧友の元へ。

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