ヒースやクロの現状。
再び沸き起こる戦争。

早いもので、また戦争が始まって２週間が経とうとしている。
寒さを帯び始めた風と長い雨が秋の気配を感じさせる日のことだ。




「前方に重戦車部隊！」

「怯むな、進めぇ！」

少年が叫んだ。
塹壕に飛び込み、見上げるような大きさの機械人形と正対する。
正確に言えばそれは人間だ。自我を取り除かれ、ただ敵――俺たちを殺すためだけにプログラミングされたクローン兵士。
虚ろな目が少年を捉えると、ためらいも無くナイフを抜く。それを振るう。
少年は紙一重でそれを交わす。訓練どおり腹をライフルで力一杯殴り、脚を払う。普通の兵士ならば、それで十分倒せるはずなのだ。
だが、彼らは殺すためだけに創られた者だ。それだけの身体能力ぐらい持ち合わせていた。
腹部を殴っても倒れない。蹴りも防がれ、逆に拳で頬をぶん殴られた。
痛い。人間とは思えない勢いで殴られた部位が、焼けるような熱さで熱され、降りしきる霧雨に冷やされていく。
視界はぐちゃぐちゃになり、一瞬の混乱。
気がついた頃にはライフルが無い。そして目前にナイフを構え、今にも振り下ろさらんと機械人形。その表情は勝ち誇った笑みも、殺す目前のためらいも無く、ただ無表情だった。
死を覚悟した。その瞬間だった。

「――ッ」

少年とナイフとの間に、掌があった。少年の頭を容易く鷲掴みにできる程大きなその掌は皮膚もまた厚くなっているらしい。機械人形が力を込めて振り下ろしたナイフも先端しか食い込んでいない。
薄く流れる血に少年が視線を上げる。
オーダイル。異様に大きな彼が横目で少年を見下ろしてにんまりと笑った。
「大丈夫か、坊主。　――待ってろ」
近い距離なのに無駄に大きな声で言う。
掌はナイフを振り払うと、機械人形の腕を握りこむ。万力で握りこまれたかのように腕がぐしゅ、とオレンジが潰れる様な音と共に弾けた。
止せば良いのに、虚ろな瞳に向かって一歩を踏み込んだオーダイルは反対の手――爪を振るった。
腕の痛みを感じているのかどうか。それすら浮かべる事の無かったその顔が無くなり、数秒の命令を受けた心臓の鼓動と共に一定のリズムを刻んで血が頭のあった位置から噴水のように溢れ、オーダイルの表情を塗りつぶしていく。
先程の笑みが、今では笑みに見えない。

「坊主、もう下がってろ。後は俺たちに任せておけ。　……ヒース、坊主を援護してレシフィールのところへ連れて行け！」

「あぁ……そうだな、それがいい」

オーダイルの視線の先に、やはり自分のものではない血に汚されたガブリアス――ヒースの姿があった。
そして、オーダイルの手によって軽々と少年は持ち上げられた。　ヒースの背中に少年はされるがままに抱きつくと、ヒースは振り返る。

「じゃ、任せたぞ。　俺は後の戦車を相手にしてくる」

「ガルドゥさんも気をつけて」

「ハハッ、笑わせんな！　俺は心配無用だ、さっさといけ！」

ヒースは豪快に笑うガルドゥの表情に少し面を食らったような表情を浮かべたが、小さく頷いてガルドゥに背を向ける。
しっかり掴まってろ、そう少年に促すと弾が飛び交う平野を北東へと駆けた。




「……そんな１日か。毎日毎日よくもまぁ、飽きずに攻め入るものだ」

傍らのクロは１日の出来事を話すヒースの横でククッと笑った。
ヒースはそんなクロの横で首を傾げた。

「だが、それほど俺達は存在を煙たがれているのだろうな」

「……どういうことだ？」

「俺達は自我を持った機械人形だからさ」

突然の呟きに先が読めない。
機械人形はコピーの事を指すのではないか？

「その通りさ。俺達はコピーなんだ」

「……そんなこと、冗談だろう？」

「嘘じゃないさ」

ふらり、と立ち上がるとクロは宿舎へと歩き出す。
彼は冗談を言っているわけではない。彼の表情がそれを物語っていた。

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