結局ガルクに部屋を奪われ、仕方が無いので海で一晩を過ごした。

クロと生活しているとさほど野性で生活しているのと変わらない。と言うのも彼が都会で生活するトレーナーのようにモンスターボールに押し止めてギチギチに行動を制限されるのではなく、適当に外に出して個々のしたいことをさせてくれる。だからと言ってクロの事情を考えずに行動することはない。互いのすべきことは言葉が無くてもある程度は理解しているつもりだ。
クロを信頼しているし、信頼されているからこそのボールによる縛られない生活。それは野性の世界では逆立ちしても理解できないだろうし、都会で生活していても理解しがたい生活だろう。
薄い靄が朝日によって消えはじめる頃、誰かが砂浜を踏み締める音で目が覚めた。
「シロか。相変わらず早いな」
「……まぁね」
白い髪と紅い瞳が人間の形を取ったシロの特徴だ。それから例外に無く細い身体だろうか。それはただ単に彼の年齢で生活するに十分なだけの食事を摂ってきてない代償であるが。
「……コールドこそ、なんでこんなところで寝てるのさ」
「ガルクに部屋を取られてしまったからさ」
この問いは恐らくバイオリンケースからバイオリンを取り出す間の繋ぎの言葉だろう。形を変えればラティオスである彼が、例え人間の姿を取っていたとしても、俺がガルクと部屋で口論していたことやその後の俺の行動を察知出来ないわけがない。始めから答えを知ってる上での質問だ。
それでも薄く口端に笑みを浮かべて答えてやると、シロが適当な相槌で理解を示す。そして、バイオリンの旋律が砂浜に響いた。
彼はただ捻くれているわけではないのだ。言葉が以前と比べて少なくなったのも理由がある。
医者として、昔は夢中だった。一人でも多くの者を救えるようにと眠りの時間を削り蝋燭に火を点して医学書を読み漁り、それでも救えない命があることを自覚していた。涙を零す夜も少なくなかった。とにかく自分に力があったら……そう呟くシロはまだ一端の少年だった。
ところが、彼は島に来て成長した。涙を見せたあの頃とは違う。ラティオスという種族になり、背中には死から生を引きずり出すだけの呪いという力を手に入れた。シロはもう己の両手両足の届く範囲のみが命を救えるだけの範囲では無くなった。彼が知ったのならばそこがどのような場所であろうと命を救うことができ、死んだ者を甦らせるだけの力を手に入れたのだ。
旋律は続いた。気付けば森が太陽によって明るさを取り戻している。少しずつ森の野性達が発する吐息が感じられる。
遠くからキャッチボールを行う音も聞こえてきた。それは始め長い間隔で聞こえてきたが、その音の間隔が狭くなり、人数が増えたことを容易に想像させる。
「上手いものだな。カノン……か」
コールドの呟きにも、シロは反応を示さずに演奏を続けた。
彼はもともとただの少年なのだ。幾らでも力を以って生命を操れるようになった時、彼は言葉を減らしていった。普通の少年では超えられない一線を超えた時、待っているのは己の生命に対する倫理だ。
自分勝手に生命を弄る怖さ。それでも愛する者がくれた数知れない思い出、言葉……天秤に掛けるだけのものは数知れないだろう。
それでも答えは自分で出さなければならない。
その悩みを全て引っくるめて、ボロボロになり、研究開発に身を粉にしているのが、今の彼の姿なのかもしれない。
「上手いものだなぁ、シロ」
ケラリと笑いながら慣れた気配と共にクロが姿を現した。
ポケットに両手を突っ込み、背中にはライフル。敵の奇襲が無くても何処から攻撃すべきかを悩む程に隙の無い身のこなし。彼もまた、生から死へと引きずり落とすだけの力の持ち主だ。
それでも悩みが無いのは、その行為を幼少から繰り返し麻痺しているから。
それでもその力を奮わないのは、島で畏怖され仲間を失いたくないから。
二人の呪いはそれだけ周囲を狂わせる力を持っている。
「雷樹があんまりにもうるせぇからさ、抜け出して着ちまった。……そろそろ皆起き出すぜ？」
バイオリンの旋律が止まり、シロが頷く。
同様に俺も頷き、海岸から宿舎へと戻って行く。

……この海岸の別の場所では、時を同じくして二匹のバクフーンが居たのだが、それはまた別のお話。

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