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Cloudy――朝焼けの空
こんにちは。此処はKの運営するブログです。ポケモン系なりきりチャット「カフェパーティ」を知らない方、なりちゃ成分に抵抗がある方はブラウザバックを推奨します。

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赴く前に 20110421


 カムイさんが僕の動向に気付いたらしい。姉さんがそう話してくれた。
 カムイさんは僕らがこの戦争に赴くことを良く思っていないらしい。話を聞けば姉さんの話し方も少し不味い点があるかもしれないけど、僕自身はカムイさんがそうやって怒ってくれたことにとても感謝している。彼は心配性だから、きっと僕らを失ったり怪我をしたりするのが我慢ならないのだろう。出来ることなら少し時間を作って、カムイさんや皆と会いたい。
 僕自身、あんな戦場に行くのは嫌だ。
 戦場で戦ってる仲間がいるからそんな泣き言を言えやしないけど、心の中ではそう思ってる。僕は後方で運ばれてきた患者を診る、それがいいのに。
 何が好きで銃弾や砲撃の飛び交う戦場に行かなければならないのだろう。
 必要な仕事だと分かっていても、前線移動の前ではいつもこんな憂鬱な気持ちになる。僕は必要最低限な仕事だけをこなし、部屋に数日間閉じこもっていた。
 そんな時、ポケナビが鳴った。
「……もしもし」
「シロ、相談したいことがあるんだが。少しご足労頂けないだろうか。第23研究室で待っている」
 有無を言わさない言葉遣いで電話口の相手はそう言い放ち、通話を一方的にシャットアウトした。僕はすぐに大きなため息を吐いてベッドから起きあがった。

 スピネットは医者だけど、化学系の研究者でもあった。今回の謎の敵を調査する役目を貰っていたはずだ。確かに何かあった時、彼はクロよりも僕の事を呼び出す事が多い。同じ医者の先輩後輩同士で気がしれているのもあったけど、それよりも彼曰く「馬鹿とは話したくない」だそうだ。
 寝癖を直し、顔を洗ってから自室を出た。長い廊下を歩き、エレベーターを目指す。
 ヴォルフシャンフェは軍の秘密基地のようなものだ。当然のように新型兵器の格納庫まであるし、最先端の研究もここで行われている。何より、今朝の新聞で報道はされてしまったものの、重要な秘密を隠しておくにはこれ以上ない秘密の場所だ。
 第23研究室の扉はすぐに開いた。薄暗い、乱雑した其処にテーブルを挟んで誰かと話す白衣姿のルカリオがいた。彼こそがスピネットである。
「……遅かったな」
 視線を軽くこちらへ飛ばしてくる。それの主成分には軽蔑すらも含まれていた。
 有無を言わせぬこの口調にかなり帰りたくなるものの、ひとまず瓦礫のように積み重なった謎の研究物の中から椅子を発見したのでそれを引っ張り出して机へと向かった。
「ごめんね、身支度を整えるのに時間が掛って」
「まぁ、いい。 ……紹介しよう、キルディア社のアイッシュ博士だ」
 キルディア社と言えば、かなり大規模な会社だ。その会社で取り扱っているものは、高分子材料だ。簡単に説明すると、ペットボトルからパソコン、マウスに至るまで身の回りのプラスチックという材料の取り扱い、研究は多くの企業を差し置いて業界シェア六割を超えているとか聞いたことがある。
「アイッシュだ」
 大柄のダイゲンキが前脚を差し出してきた。見上げるように視線を移し、その脚を軽く取って自己紹介を交わした。
 そして、再びスピネットが切り出す。
「”モノラル”と名付けた。……敵はこの生き物だ」
 スピネットが手に取り落としたそれは明らかに無機物の音を発した。しかし、スピネットは確かにそう言った。「生き物」だと。
「……これはどう見ても機械じゃないのかな」
「逆に問おう。生き物とは何かね?」
 アイッシュが毒々しいスピネットの言い草とは対照的に、紳士らしい口調で優しげに問いかけた。
 その言葉の優しさは分かるが、質問の回答はかなり迷うものだ。僕は一瞬言葉を止め、思考に専念した。
「……多くの定義があると思いますが、生き物最大の特徴は”意思を持つか否か”です」
 今では草花から微生物まですべての生き物に”意思を持つ”という結果が出ている。その結果を利用した回答だ。
「エクセレント! 流石お医者様だね。 その定義なら」
「この機械のような物質に、意思が存在すると?」
 僕は窺わしさを拭えずに居た。
 目前に転がっているのはどう見ても透明で、かつ金属音のする物質だ。
 叩けば金属音の響く生き物も居る。透明になる生き物も居る。だが、僕の常識の中で透明な金属など聞いたこともない。ましてや、それが生き物であるなどにわかに信じ難いのだ。
「……もう少し説明しよう。コイツは未知の場所からやってきた、未知なる存在だと思って聞いてほしい。頭にある今までの常識や価値観を全て空っぽにして、だ」
 スピネットの言葉に小さく僕は頷いた。そして、ようやく持って来た椅子に腰掛ける。
「コイツは合金と知能を兼ね備えたゲルで出来ている。姿は千差万別だが、ガブリアスやボーマンダ等比較的強い進化系ポケモンであることが多いようだ。その飛行能力や運動能力は通常のポケモンとなんら変わらない。合金は実態は不明だが、俺達の世界で使ってる材料に最も近いのはPC…ポリカーボネートと呼ばれる材料だ。高い耐熱、耐衝撃、そして透明性を持っている。最も、コイツはPCと比べものにならないほど強い。耐熱、耐衝撃に関しては合金にも勝る。リザードンの炎にも耐えるし、バンギラスのパンチにもびくともしない。おまけに電撃は吸収され、致命傷には至らない。水圧はいわずがもな…だ」
「簡単に言えば、防御は完璧ということかな」
 スピネットの早い説明に対し、意味が全く分かっていなかったシロにとって、アイッシュの最後のアドバイスは頼もしかった。
「そして攻撃だが…こいつらは強力な王水、毒、電撃。そして、サイコキネシスを操る」
 王水とは酸の一種だ。濃塩酸と濃硝酸を3対1で混ぜたものであり、その威力は最も溶けにくいと言われている金、白金まで溶かすと言われている。最強の酸であり、人やポケモンがそれを浴びればたちどころに身体が溶けて苦しみながら死に至るだろう。
「こいつらは、僕等が蛋白質主体の生物であることを知ってるのかもしれない」
「着眼点が良いね、シロ」
 アイッシュが小さく頷き、モノラルのかけらを前脚で弄りながら言う。
「彼等は皆こういう生き物で、そのまま進化してきたとしたら…私達に対して王水や電撃等を使う事はない。彼等の常識でそれは通用しない武器だからだ。それなのに、狙いを定めたようにこのような武器を使うということは…」
「相手も僕等の存在を知っている。そして、僕等を最も合理的に、かつ楽に殺しに来た」
 エクセレント!アイッシュは満足げに頷いた。
「また、このモノラルには面白いモノもあるんだ。…これを見てほしい」
 と、続けて取り出されたのは一枚の写真だった。顕微鏡越しの写真らしく、円の司会の中にむさらき色の細胞が無数に散らばっている。だが、その中心にある細胞は見慣れない細胞を発見した。ご存知のように主成分はメタモンの細胞から成り立っているが、写真の中央部には見慣れない細胞が写り混んでいる。
「この細胞が存在することによって、こいつらは強力なサイコキネシスを放つことができる。」
シロはその細胞に妙な引っ掛かりを覚えていた。
この細胞、シロはどこかで見たことがあるのだ。

ずっと昔。どこかで。

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幽霊探しの旅へ 20110318夜


ヴォルフシャンフェ――狼の巣、と形容される深い森と雪に囲まれた基地が存在する。そこはクロを初めとする極僅かな人数しか知らされていない場所にあり、記者ですら近付くことは不可能…。その忠告を聞かず、何とかスクープを納めようとする勇猛な記者が巣を護る狼に食い殺されたという噂だけが漂っている。最も、それはこの基地の存在を知るものにとっては事実であることは承知の事実だ。この基地を護る存在は巨大な狼なのだから。
クロは深夜二時半を回ったところでヴォルフシャンフェへと戻ってきた。うっすらと肩に掛かる雪を払い落とし、ここまで付き添った3匹の狼に警戒に戻るように指示をすると、統率の取れた動きで森へと消えて行った。エレベーターに乗り、地下の司令室へと向かう。
「おかえりなさい、クロ様」
「今戻った。コーリー、シロとハップスを呼べ」
コーリーと呼ばれた雌のルカリオは指示に思わずクロを見遣って小首を傾げていた。
「…どういうことでしょうか」
クロは厚手の革のコートを脱ぐと、壁の衣類掛けに無造作にそれを掛ける。「答える必要はないな」と呟きながら下着まで脱いでしまうと、コーリーに追加の命令を下した。
「シャツ、コートの新しいのを頼む。3着もあれば十分だろう」
「お出かけなさるのですか?」
コーリーのその声色は耳の良いクロでなくとも好ましく思っていないということが聞き取れるものだった。それでもコーリーはクロの下着を準備した。
「…数日留守にするだけだ」
細身ながら引き締まった身体からコーリーは微かに視線を逸らす。
「…お言葉ですが、クロ様。現在の状況を知らないわけではないでしょう…?」
「ルベフェクス進攻…その最終段階だ。敵は総力を挙げて、我々の部隊を攻撃してくるだろう。」
その通りです、そう言いたげにコーリーは小さく頷いてみせた。
「…現地に居る部隊は?」
クロがコーリーを鋭く見遣った。その眼光にコーリーは一瞬うろたえる。その瞳は、誰もが畏怖する狼のものだったからだ。
「20部隊を筆頭とする6師団…が」
「優秀な兵が揃っていると聞いている。…私が指揮を取らずとも、兵力に差がある。八千の敵兵に対し、三万の兵を送り込むのだ。…私がわざわざ赴く程ではない」
ですが、と頑なにコーリーはクロを引き留める。太いベルトがバックパックと連動して動き、金属音を響かせた。
「…くどい。俺が命じているのだが」
コーリーはその時この基地に住む本当の狼が誰なのかを改めて確認させられた。逆らえば殺される……恐怖と畏怖で縛り付けたその鎖を破れる強い力を持つものだけが、この場所に存在するのだ、と。この社会は、力で階級が決まっているのだ…と。

コーリーが慌てて逃げるように部屋を出ていくと、クロは部屋の壁に背中を預けた。左目に隠された深紅をそっと撫でる。右の人の瞳を閉じれば、そこはもう人が住むべき場所ではない。総ての空間が暗転し、モノクロに包まれる。我々の認知すべき世界を『表』と称するならば、この場所は『裏』の世界と言う。そこでは空間は疎か、存在、時間でさえ万物の法則を超えた動きをする。なぜならこの空間を作り出したのは創造の神ではなく、他でもないクロ自身なのだから。それを決定するのは、自らの力だ。
この世界の支配を任せる存在を呼び寄せる。MBではなく、浮かび上がる硝子の破片。ゆっくりとそれが横方向に回転し光は無くとも自らの姿を映し出す。その硝子の裏面を見遣り映ったのは、巨大な姿。灰色をベースとし、巨大な黒い翼が生える。6本の脚と毒々しい赤と黒の縞模様が特徴的な姿は神話の世界で語り継がれているギラティナと呼ばれる存在。
「グラティス」
名を、呼ぶ。硝子は粉々に砕け、硝子越しの会話から解き放たれた彼は久々に踏む地面の感触を確かめるように最前の脚の爪で撫でた。
「話は聞いていたか」
クロが問えば、深紅の瞳はゆっくりとクロを見据えた。
「私が干渉するまでもない」
無言のYES。そして簡潔な結論。
陸上でドラゴンを除いた最大の動物は象だと言われている。異国の研究者によれば体長およそ16メートル。重さは100トンには下らないという。
その象でさえこの巨大な姿の前では小さく霞んで見えるだろう。
「貴様が見ればすぐに判ることだ」
「…そんなに簡単なものなのか?」
重力は0に等しい。それでも脚を折って座りクロを見下ろすのは、自分に見下ろすだけの力があると見せたいからだ。
「物事の存在には必ず理由があり、幽霊騒動もその一つだ」
かつて神と崇められた存在が居た。
しかし神と崇められた存在は一人の青年の前に平伏したのだった。
「物事の全てには理由があり、それが私を神とやらに仕立て上げ、挙げ句貴様とこのような関係に陥ることになった。…幽霊という存在を人が信じないないのは、幽霊というものの存在を見出だせないからだ」
ほう、と息を漏らした。
「クロ…貴様にその理由とやらを見いだせるか?」
クツリ、と牙を見せて竜が笑った。

ハップスは狼の群れのリーダーだ。群れの中で歳を重ねているのも彼であり、クロと共に生きると決めた狼もまた彼である。かつて戦争の間で獣の存在を認めることは無かった。敵対する軍のどちらにも所属せず、ただただその牙と爪で戦車を破壊する力は脅威以外のの何物でもないからだ。かつて獣と意思の疎通を行うのは困難であり、不可能と言われていたため、戦力として期待することはなかった。人とポケモンは戦争する上で獣を刺激しないように行っていたものだが、近年武器の技術と共に威力が上昇するようになると、脅威は次々に駆逐されるようになった。今や数えるほどになってしまった狼は散り散りになり森で細々と生活していたのだが、クロが彼等を戦力として迎え入れたのだった。その背景には革新的なクローン技術による狼との意思疎通の可能にあったという。
ハップスは背にクロとシロを乗せると、仲間の狼を左右と後ろに1匹ずつ合計で3匹を護衛に充てさせた。霧に向かう間にも何が起こるかわからない世界で、この巨大な狼は重要な移動役だった。人はおろか生半可なポケモンですら一撃で地へと葬り去る爪と牙を持ち、敵の大群と遭遇した時には一瞬で逃げられるほどの脚を持つ。その前に敏感な鼻と耳で敵を察知し、さっさと迂回してしまうのだが。
「とは言え、クロさん…あんたは狼すら殺す力を持っているだろう。こんな面倒なことをするのは、やはり理解ができない」
クツクツと笑って、クロがふさふさの毛並みを撫でた。
「すまないな、ハップス。獣は力が全てだ。が、人は違う。立場を決めるのは、多くの要因が付き纏う。それは名誉であったり…」
「わかってるよ。だが、あんたとシロなら此処まで護衛を着けてでも運ぶ気になれるさ」
牙を鳴らしてハップスが笑う。
獣は今や人やポケモンと同等の存在となりつつある。そのことに感謝を込めた言い方のように取ることができた。
「君主…か。誰もあんたに逆らうことができんよ。少なくとも、我々とあんたの指示する軍がバックについてる間はね。」
独り言のように狼が呟いた。
クロが向かう先は霧。そして、仲間の元である。

「…どうやら犬用のベッドを用意して正解だったようですねぇ、アイ艦長」
「読みを超えた大きさですがね…解せません」
「単なるジョークだよ。ハップスは置いていく。…同行するのは俺とシロだけだ」
クハハッと牙を鳴らすクロにレノードとアイは渋い表情を浮かべる。
ハップスに別れの言葉を告げて、霧に消えた後アイの転送の指示で島から一瞬で消えた。
乗船から2時間。ケルドの検査結果が出た。
「アイ艦長。ケルド乗組員に霊感や特別な能力が付加されているとは考えられません」
「…その根拠は?」
シロの言葉に冷静な表情で対応するアイ。傍らにはケルド、レノード、クロの姿があった。
「ケルドは大きな手術の成功者です。無論、普通の患者よりも多くの検査を行い、注意深く観察してきました。他にも通常時のガブリアスの検査データの値があります…が、それら全てとなんら変わらず、また、検査前、検査後のデータと今回の検査データを比較しても特に目を疑うような変化は認められませんでした。…とするならば、患者であるケルドの以前から霊感がないという証言を信じざるをえません」
「ちょっと待て!だが――」立ち上がり叫ぶのは、ケルドであった。「俺は確かに見たんだ!」
食い違う事実と証言にアイも困惑を隠せない。
落ち着け、ケルド。とクロが宥める。
「クロさん…」
レノードがそんなクロを見遣って、薄く笑う。
「頼みますよ。事実を発見出来るのは…きっと貴方でしょうから」

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眠りから覚めた白猫のお話 20110305

実はちびちび書いていたんだけど、なかなか完成に至らなかった。
地震ということでようやく暇が出来たので一気に書き上げました。
シロ主観で、助けられた後の零やエヴァンスの住む世界での出来事。
























長い眠りから覚めたような気分だった。丁度、全身麻酔から覚めたような、そんな気分。頭がぼーっとして回転しない。何故今真っ白な天井が見えているのか。それすらも、どうでもよくなっていた。
「…お目覚めでしょうか」
初老の声が聞こえた。視線だけをそちらに動かして、ベッドの中で彼を見た。初老の執事らしき人物がホットミルクティーをカップに注いでいた。
「…ここは」
「エストリア王国の首都、エストリアヌスにございます。エストリア城でございいます」
穏やかな視線がシロへと向けられる。動くのもなんだか怠い。そう思いながらも上半身を動かして持ち上げる。
「随分とお疲れのようだったので、兄様と一緒にエヴァンス殿がお連れになりました」
「エヴァンスさんが…」
昨夜の事は全く覚えてはいない。それどころか、数日間の記憶が無いようだった。ミルクティーを受け取り、口へと運んで絶妙な甘さに思わず微笑んだ。
「随分とお疲れなようでしたので、こちらでお休みして頂きました。…まさか、夜明けと共に目覚めるとは思っておりませんでした」
「僕は一応…若いですから」
この執事に自分がラティオスであることは伝えなくていいだろう、と思ったので言葉が少し濁った。執事さんはどうやらそのことに気づいていないようだった。
ミルクティーを飲み一息ついた後、執事さんに服を用意してもらった。エヴァンスの物であるという服は、どうやら仕立てはよかったものの実際に着るとかっこよさよりも可愛さが強調されるようなものだ。これがエヴァンスの物とは考えにくい。水色なんて初めから着るのがきっと僕だとわかっていて零が用意したのだろう。そんなことを着替えた姿を鏡で見ながら思った。白い髪と尻尾と獣の耳がマッチしているようだった。
執事さんに話を聞き、エヴァンスさんの元へと向かう事にした。どうやら朝食を食べる前の運動をしているとの事。話を聞けば城からそれほど遠くない場所だというので歩いて向かう事にした。
城の周囲には森が広がり、様々なポケモンが生活していた。そんな姿を見遣りながら、ふと自分が今まで居た城を振り返る。西洋風の城で、凛々しいデザインだった。シロ達の住む世界より文化が違うため、このような城はなかなか見る機会が無い。そんな異文化に触れるのも楽しみの1つだ。
更に進むと、森の中にぽっかりと空間が開いていた。木々が生えておらず、静かなその空間は背の低い草に日の光が煌々と照らされている。その中でフィアンマに乗ったエヴァンスが剣を抜いたのを見た。彼の視線の先には、借りたであろうギャロップに跨がるクロの姿があった。クロもどうやら服を借りたらしい。エヴァンスが着る軍服を特注で黒く染めたものに違いなかった。そんないつもと違う雰囲気を醸し出す彼もエヴァンスに続いて剣を抜く。
「やぁ、シロ」
異国の言葉でおはよう、と続ける零の穏やかな笑顔もそこにあった。
「おはようございます、零さん」
あれは?と僕は向かい合うエヴァンスとクロに振り返りながら彼に問う。
「うん、模擬戦だよ。一応寸止めだけれども、それ以外は本気でやるって…そう言ってた」
「そうですか…」
お互い戦闘に縁の無い二人は戦士である二人の集中力にただただ飲み込まれていた。
隙を見せれば刹那、決着が着くのが剣術だと言われている。違いに隙を見せず、相手の隙を伺うためにじりじりと間合いを詰めていく。
クロが狼だとしたら、エヴァンスは鷹のような雰囲気を持っている。お互いに人を殺めるだけの力を持った人間だけが持った獣のような、鋭くピリピリとした集中が伝わって来る。
そしてクロが動いた。ギャロップを前へと突っ込ませ、剣をエヴァンスへと振り下ろす。渇いた銀の音と共に剣でそれを受け止め、エヴァンスが押し返し間伐入れずにクロの腹へ突きを出す。クロはとっさにギャロップの背の上に居るとは思えない身のこなしで剣を避ける。漆黒の翼が剣に掠め2、3枚が散った。
時間にして数秒の攻撃で青ざめる零。寸止めでありながらここまで激しいとは思ってなかったのだろう。手で顔を覆って自らの弟の名を呟いていた。
手数や身のこなしでクロが微かに上回っていたが、エヴァンスは騎士であるだけあって経験でその差を埋めていた。クロを襲う的確な剣は、防御というよりも身体能力で避けているに過ぎない。すなわち、相手が並の実力なら何度も死んでいる。
開始からまだ1分と経っていないが、決着がついた。剣が弾き飛び、地面に突き刺さる。今だに剣を持ち、相手に剣先を突き付けているのはエヴァンスであった。
「…見事だ。流石は騎士だな」
「クロこそ。とても初めてとは思えない動きだった。…何度もひやりとした」
エヴァンスが剣を下ろし鞘へと戻すと、フィアンマから下りて一礼する。クロも追って一礼を返した。
「はぁ…ドキドキした…!」
零の口から言葉が漏れた。それにこくこくと頷く。
訓練を終えた二人がゆっくりと戻って来る。
「朝から良い訓練が出来たな。…そういや、そろそろ腹も減った」
「じゃぁ、朝食にしようか?」
エヴァンスが微笑んで言った。

黄金に輝く蜂蜜のたっぷりと掛かった柔らかいパン、朝に収穫されたばかりの野菜をたっぷりと使ったサラダ、温かなコーンスープとミルク、そして目玉焼き。無駄に長い机で4人で朝食を取ることとなったのだが、その3倍は城のメイドさんが見ている事にシロは内心ドキドキしていた。
「…城を見て思ったこと?そうだな、どうやったら攻め落とせるか考えていた」
「さすがクロって所だね。着目する場所が違う。どんな風に攻めようと思ったんだい?」
「いや、難しいだろうなと思った。この城は相手にしたくねぇよ。…強いて言えば、やはり翼を持つポケモンで城を強襲するしかないかな、と…」
エヴァンスは王子様だし、零さんもこの城出身なのでこんな雰囲気は日常なのかな…シロは二人の手元を眺めながら思う。スプーンとフォークの数は多かったが、二人のをこっそりと見ながら使うようにしていた。だが、当然それに集中してしまえば、比例するように口数は減っていく。
「それにしても、クロは意外とこういうテーブルマナーは知ってるタイプなんだね。ちょっと意外だったかも」
零が目玉焼きをくわえながら言う。
ちょっと失礼な気もしたが、クロはそんな事を笑い飛ばした。
「まぁ、俺の手持ちがそういうの厳しいんだよ。俺達の手持ちである以上、それなりの振る舞いをしろってね。それで覚えた」
「あぁ、なるほど…」
「それでなくとも、一国の代表ともなるなら必然的にそんなものは覚えるけどなー…」
クロがパンを契りながら言う。
「隣の国の偉い相手と話したりするのは苦手だ。外交なんて、タイプじゃない」
「クロは後先考えずに走りそうだしね。…きっとそれを抑えるそれなりに優秀な参謀が要るんだろうね」
エヴァンスが珍しく横から茶々を入れる。クロも渋い顔でそれに応対。
そんな中、僕は。
「ねぇ、あの白いねこみみ本物なのかなぁ…尻尾も揺れてるし、本物みたい!女の子みたいだよねぇ…!」
メイドさんがひそひそと僕を噂する声をねこみみが拾っていて、恥ずかしくて顔から火が出掛けていた。

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訓練の始まり(20110224夜)

大変遅くなりました…ユディーとラルドのSSです><
実は一晩だけですごめんなさい←











「ふわぁ~!;」
俺の背中で、同じリザードンのユディーが驚きにも似た息を吐き出した。暗い闇の中でもユディーの瞳には周囲の状況が把握出来ているらしい。
ごつごつとした岩肌が剥き出しの大地に幾つもの煌々と光る炎が存在する。それは俺達と同じリザードンの群れで、それぞれ眠っていたり、他のリザードンとお話していたりと銘々に楽しんでいるようだった。
「到着、だぜ」
群れの外れに降り立つと、背中には相変わらずあんぐりと口を開いたままのユディーが居た。
「…何をそんなに驚いている」
「Σあ、いやごめんっ!;」
再三の問いにようやくユディーが気付いたように俺の背中から飛び降りる。翼を改めて大きく引き伸ばし、ぐいっと背筋を縮めるようにストレッチ。結構な距離を飛んだが疲れはない。
ふと傍らのユディーを見下ろせば、初めて俺に声を掛けた時のように冷や汗をかいてぶるぶると震えていた。もう一度群れを見返すが、俺にとっては何も変わらない群れだ。巨大な狼やドラゴンが徘徊しているわけでもない、普通の光景だ。
「どうした?何か怖いのか?」
「皆、大きい…;」
ぽつり、と返された言葉はたったのそれだけだった。あぁ、とどこか納得したかのように俺は頷いた。
一般的なポケモン図鑑、とやらに記録されているリザードンの平均的な「たかさ」は1、7メートルだ。これがどんな数字かはわからないが、俺が見る限りユディーの「たかさ」はその平均を少々上回る体格のように思えた。
一方、霧を抜けたこちらの世界でのリザードンの標準体型は北央都市(旧七北、旧青葉)では3、4メートルと示されている。無論成長の度合いや個体による差が比較的大きいとの報告が出ているものの、此処に居るリザードンは戦士であるため、平均を上回る者が多い。
ユディーが少々大きな身体をしていたとしても、此処では見劣りしてしまうように感じるかもしれない。
「ま、そこまで緊張する必要はないだろう。此処に住むわけでも、戦士の一員となるわけでもないんだしな」
「…はい;」
緊張の解けない返事が伝わって来る。
まだ数時間の付き合いだが、ユディーはどこか臆病な性格に思える。だが、単純に臆病というわけではなく何かが違う気がしたのだ。その何かが何なのかはまだわからないが…。
俺はユディーを先導して今夜の寝床へと案内するために先導を始めた。
「ラルドさん…なんでこの世界のリザードンはこんなに大きいんですか?」
素朴な疑問だろう。俺もクロさんから話はよく聞いている。この世界に来た島の者はすぐにこの質問をするらしい。
「俺が好きでこの大きさになったわけじゃないからわからないが、原因として2つ挙げられる。1つは生態系の問題。もう1つは世界の大きさの問題じゃないかと言われている」
「言われている…?」
「研究してるのは、シロや島を知る数人のメンバーだけだからさ。…他のヤツはこの大きさが当たり前だと思ってるんだから」
あぁ、そっか。ユディーが納得したかのように頷いた。俺は続ける。
「生態系の問題ってのは…そっちではポケモンってのは大体が食物連鎖ってものの頂点に位置しているらしい。だからある程度数も絞られて、大きさも小さいのだとか言われている。一方のこっちはポケモンと同じくらい強い生物がうろうろしてる。だから種を絶やさないために強くなる…故にでかくなったんじゃないかと。それから、世界の大きさってのは簡単だな。単純にこの星を宇宙から見た時の大きさだ。でっけぇらしい。あと、最近じゃ平均気温が低いのも理由の1つらしい。それがでかいのとどう関係するのかは知らないけど」
「へぇ…?」
ユディーはわかったかわからないか微妙な表情だ。わからなくても仕方ない。教養の無い俺の説明なんてたかが知れている。
「ともかく、そういう理由だ。…登れるか?」
大きな岩肌を前に、軽く飛んでそれのてっぺんに飛び乗るが、振り返ってユディーの様子を見遣る。
「大丈夫、このくらいなら…」
ユディーも酷く不格好ながら翼で風を掴むと身体をふわりと舞い上がらせてこちらへとやって来た。少々勢いがつきすぎたユディーの身体をがっちりと抑えてやると、ユディーがこの世界に来て始めて微笑んだような気がした。
俺の寝床は小さな横穴……小さいと言っても俺が楽々入れる程度には大きな穴だ。そこでユディーと共に眠った。
ユディーはあの群れの中じゃ緊張して眠れないと言っていたので丁度よかったかもしれない。今日会ったばかりだというのに弟のように擦り寄って来るユディーは何処か憎めない存在だった。
彼の尻尾の炎に軽く手を翳してみる。リザードンにしかわからない実力の見分け方だ。
黒く光るその炎は翳すだけで伝わって来る暖かさと熱さがあった。

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心の病 20101213夜



「…なるほど、良く眠っておる。」
「あれから目を覚まさないんだ。…タイガ、お前の所見は」
「まだ診ておらん、もう少し待つんじゃ」
タイガが冷静に呟いた。注意深くシロの眠るベッドを観察している。
シロはそれでもぴくりとも動かなかった。ただただ、人形のように眠りつづけるだけで。
「…強い精神的なショックを受けとる。こりゃぁ…気長に待つしかないの」
「気長に、とはどれくらいだ?」
「ワシにもわからん」
ふふっ、と笑うタイガ。眉間にシワを寄せたクロの表情が、何とも面白かったようで。
「えぇか、クロ…お前さんがシロをどれ程大切に想っておるか、それは初めて会ったワシでも良くわかるけぇ。ワシもシロの目覚める瞬間を見極め、教えてやりたいんじゃ」
じゃがの…と、タイガが視線をシロへと向けながら続けた。
クロも思わず傍らのシロへと視線を落とす。
「それはわからん事じゃけ。シロ次第…とでも言うのじゃろうか。それが、医者に出来る限界じゃ」
「医者に出来る限界…」
クロが反芻する。
「じゃな、医者に出来る限界じゃ。医者は身体を裂き、弄ることで劇的に患者を回復させることが出来る。じゃが、それは生き物が生きる力を100としたら5にも満たない手助けなんじゃ」
タイガの言葉は続く。クロは黙って彼の言葉を聞いていた。
「ワシは医者に出来ることは5しか無いと思うけぇ。その割合、クロはどう思うんじゃ?」
「…わからん。俺は、シロを見ていて…アイツでも、5しか患者にしてやれんのか?俺は、もっと…」
たったの5じゃない。シロは患者の運命を180度変える力を持っている。そう、続けたかった。
だが、それを見透かしたかのようにタイガの瞳が輝る。
「運命を捩曲げる事はできん。生き物に100の干渉することが出来るのは神だけで、生命を簡単に弄ぶのであれば、それはもう神でもなんでもない存在じゃけぇ。…クロ」
何か大きなものが突き刺さったかのように思考が止まった頭に、ゆっくりと染み込むようにタイガの言葉が聞こえた。
「目を覚ました時、同じ事をシロに聞いてみるんじゃな。…きっと、クロの見えなかったものが見えるはずじゃけぇ」
はっはっは、とタイガは笑う。
目を覚まさない状態ではなくて良かった。タイガはそう続けると、さっさと横になり眠りについてしまったのだった。

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戦いの果てに 20101203


「報告致します。まずは、12月2日未明の戦闘をもってオリーフェ国は降伏しました」
「…ようやくか」
ぎしり、と椅子を軋ませるクロ。手元の書類を纏め、もう一度机の端へと寄せた。
そんなクロの言葉に微笑で応えるのは雌のルカリオ。
「おめでとうございます、クロ様」
「…あぁ」
椅子から立ち上がり、窓際へと向かう。
翼を広げ手を後ろ手に組むと、日の光があっという間に大きな翼によって遮られた。
「次いで、クロ様には終戦の報告を民にして頂きます。その後、翌日にはオリーフェの代表が参られます。終戦調印に御出席下さい」
「…調印はこちらから赴こう。明後日の正午からだ。それと、オリーフェの国を見ておきたい。法の資料もなるべく早く届けてくれ」
「わかりました…」
「それと、戦闘に参加した兵員は一度オリーフェに集合するように伝えてほしい。その後は追って連絡する」
はい、とルカリオ。彼女の口から続けて言葉が発される。
「それと、もう一つ報告が…」
クロは軽く肩を引き、翼越しに右目を彼女へと向けた。
「周辺の中立国が一斉に同盟を組みたいと連絡が入りました。…如何なさいますか?」
「…甘い汁を吸おうとしているな」
侮蔑的にクロが呟いた。鋭い眼光が更に細く、刺のあるものになる。
「ハップスを呼んでくれ。中立国の扱いで相談がある。それから、コールドもだ」
「畏まりました。…では、早速呼んで参ります」
あぁ、とクロはそれを見送った。

いつしか、彼の呼び名は瞬く間に広がった。
黒き翼――その呼び名はクロを相手にする敵国がクロの事を呼ぶ隠語だった。狙撃され、その狙撃ポイントに真っ黒な羽根が落ちていることでしか、彼の存在を知ることができなかった。それがやがて、国中で囁かれる言葉となる。
敵対する国では畏怖する存在として。
国内では凄腕の君主として。

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夜の来訪者20101201夜



「…でっかいお屋敷じゃけぇ…」
「此処は病院ですよ。僕の仕事場です」
高さにして12階立て。当直の医者だけで何千人という規模を誇る病院は、広さでもシティで随一だ。
「夜間の急患受け入れも、専門的な高度医療もここでなら受けられます。国内最高峰の病院なんですよ」
「ワシが知っとる病院とは規模が違うけぇ。此処に来て目を白黒させとる」
「初めて来る患者さんも、良くそう言われますよ」
ふふっ、とシロが笑ってタイガへと視線をやった。大きな彼の身体は存在感がありながら、落ち着きがある。威風堂々という言葉が最も似合いそうだ。
「それじゃぁの、シロ。肩はしっかりと固定して動かさんようにな」
「え、もう行っちゃうんですか?夜も遅いですし、泊まって行ったらどうです?」
シロの提案をタイガは笑い飛ばした。
「残念ながらレントラーは夜でも活動出来るじゃけぇ、森にワシがおらんかったら誰が怪我したモンを見るけぇ?」
「あ、そう…ですか。そういうことなら、呼び止めてすみません」
「いやいや、シロは優しいけぇ。また時間が出来たら遊びに来る」
シロは立ち上がるタイガにそんなことを言われ、嬉しいようなくすぐったい気持ちで微笑んだ。
その時、シロのポケットの通信端末が鳴り響いた。
「…どうしたけぇ?」
「どうやら急患のようです」
シロは素早く電話に出ると、すぐに情報を得た。
「北部戦線で戦闘があり、数名の怪我人が運ばれて来るようです。恐らく、4、5人でしょうと…」
「それは大変じゃけぇ。すぐ、状態を見んと!」
シロはすぐに頷いてタイガの背中に跨がると、外へと向かった。

ER(救急救命部)の当直に居た者は人間ポケモン問わず約50人。全員が外の広場で北の空を睨んでいた。
「全員が恐らく瀕死の状態でやって来る見込みです」
「戦闘……」
タイガがシロへと小さく呟いた。嫌な予感がするけぇ、と。
その理由を聞こうとシロが口を開いたが、その前にタイガが続けて言葉を漏らした。
「来た……、……シロ、どうやら嵐になるけぇ」
シロも続けて空を睨んだ。
暗闇にサーチライトの光が点ると、その言葉の理由がわかった。
背中に怪我人を満載した翼を持つポケモン達の大編隊が照らされたからである。

「戦闘はかなり激しいんです!申し訳ありませんが、一人でも多くの兵士を救ってやってください!」
竜使いの青年が満身創痍の兵士達を下ろした竜に跨がり空へと舞い上がった。すぐに戻り、新たな怪我人を連れて来るのだろう。
シロもタイガもそれからは呼吸する隙さえない急がしさだった。
運ばれて来た患者は約100人でこれからどんどん増えるだろう。一方で手術室は限られていた。
そうなれば、緊急度の高い患者からの手術である。
識別救急。所謂トリアージである。
患者にはトリアージタグと呼ばれるシールが次々に貼られていく。状態には10段階あり、4色で色分けされている。9~7の緑は軽傷の患者。6~4の黄色は緊急を要しないが病院で検査をうけるべき患者。3~1の赤は緊急に病院へ搬送しなければ生命の危機がある患者。そして、0の黒は処置をしても助かる見込みのない者…或いは死亡した者である。
次々に医師がトリアージを開始するが、既にこの患者達は赤をつけられたのである。誰もが緊急を要する患者で困惑する中、シロとタイガは冷静に患者を判断していく。
「このヘルガーはすぐに止血を!搬送は後に回して!そっちの人間は37番手術室へ!急いで!」
「…シロ、もう手術室が埋まる。そろそろメスを握る時間じゃけぇ」
「タイガさんは?」
シロは彼へと振り返る。タイガは、小さく首を振って。
「まだ識別が終わってないじゃろが。ワシがこの後を引き受けるけん、行って患者助けて来い!」
「……わかりました、後は任せます」
タイガがこくりと頷き、患者へと向かう。
シロは通信端末で手術の連絡を入れる。ところが…。
「……麻酔医が居ない?」
シロは思わず端末を強く握ってしまう。
麻酔医とは麻酔を患者に掛け、その後は手術中に患者の状態を把握し、薬によってコントロールする仕事を受け持つ医者だ。
その麻酔医が居ないということは、すなわち手術が出来ない事を意味する。
「……わかった、麻酔医抜きでやろう。僕のチームを50番へ」
ピッ、と通信を切った。
しかし八方塞がりの状況に変わりは無かった。
「…シロ、大丈夫やけぇ?顔が真っ青や」
気付けばタイガがこちらへとやって来てくれていた。
「え、いや…その…」
「麻酔、できるのがおらんのか?」
話を聞かれていたらしい。こくん、と頷いた。
タイガは牙をニッと見せながら。
「よっしゃ、麻酔やったるわ」

「麻酔…本当にできるのかな。そのタイガってレントラー…」
「…わからないけど、この患者相手に麻酔なしで挑むのは負け戦になるのがわかってるようなもんだ」
「どのみち、このメンバーが集まるんです。患者がまともな状態のはずがない…実際、黒判定を受けてもおかしくない患者です」
「ま。俺は最速で切っていくだけさ」
4人の執刀医が通路を歩く。
消毒された両手を肩まで掲げ、手術着に看護師の手によって着替えさせられる。
「手術の成功を祈っています」
そんな言葉と共に手術室へやって来た。
「患者は既に眠らせたけぇ。状態は安定しているが、長くは保たん。患者は20代雌のボーマンダ!脚の開放骨折!肺に刺さった肋骨の除去!心破裂!」
「ルバートは心臓を、フィノとスピネットは脚の処置を。僕は肺をやる」
了解、と銘々に返事が返ってくる。
優に6、7メートルはあるそのボーマンダを相手に、シロは電気メスをオペ看に要求した。

「キシラーデを分0、2メック側管注。体温を17度に安定…ルバート、大丈夫けぇ?」
早い、とタイガが唸る。
このチームは最速の医師が集まっているだけある。そう感じはじめたのはオペ開始から1分だ。
切開を最低限で済ませ、処置を行っていく彼等を見て思ったのは、さすが音楽をしているだけあって連携が取れているということ。
「…大丈夫だ」
ルバートが返す。彼の掌にある心臓は大きくずたずたに裂けていた。裂けた場所から噴いた血がルバートの服を汚していく。
心破裂とはその名の通り、心臓が強い圧力で破裂してしまうこと。心臓を包む心膜にメスを入れた瞬間にどばりと溜まった血が溢れる。
これを並外れた早さで直接裂けた心臓部位を縫っていかなければならないのだが、問題もある。
患者は大きなボーマンダである。心臓の大きさも人間のそれと比べものにならないほどに大きく、軽くスイカのようだ飛行するポケモンに共通する事だが、心筋が分厚いのだ。この並外れた心筋で体中に血液を巡らせ、パワフルに飛行するのだろう。
お蔭様で縫合するルバートは汗を何度もオペ看に要求した。
「裂けていただけで幸いだったな」
そう横目で話し掛けるスピネット。彼は骨の飛び出した状態の開放骨折を処置していた。
骨を元の位置に慎重に戻し、骨に拒絶反応の起こらない素材で作られたビスを埋め込み固定するのだ。
その他にも脚には多くの太い血管があり、それを繋ぐ手術も並行して行われた。これはフィノの仕事だ。
脚を失えば、大きくこの患者のQOL――クオリティオブライフ、手術後の生活に支障をきたすことになるだろう。
「スピネットも脚の処置が終わったらルバートを手伝ってあげて…こっちももう終わる」
肺に肋骨が突き刺さっている。そんなシロの部位はまるで魔法のような速さで処置が進められた。
「後は心臓だけ…」
タイガが呟いた。その後も指示を素早く飛ばす。
この4人の執刀医は全員が全員同じ事を思っているはずだった。
それは、この患者が未だに生きているということ。
普通、メスを入れられてしまえは人間であろうとポケモンであろうとあっという間に死んでしまう。元々かなりの痛手を負っていたのなら尚更だ。
しかし、それでも生きているということは、患者全体を見回してその状態を把握し、常に弱った部位に薬を投与したり、適切な行為で負担を軽くする。それが麻酔医の仕事だ。
言葉では簡単に示すことができるが、実際に誰かを診るということは相当の経験と知識とが必要となる。
タイガはそれを兼ね備えた凄い医者なのだと、そう思った。
「オペ終了!」
からん、と胸を閉じた縫合糸を切った鋏が床に落ちると同時にシロの言葉が響き渡った。

そんな嵐のような夜を過ごし、朝日が昇る。それでもタイガは休むこと無く元の世界へと戻って行った。

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耳と尻尾と3

「…確かに私は薬師を必要としています。どうしても、助けたいのです」
「それは、誰なのです?」
シロは既にもう彼女の事だけを考えていた。拉致されたとか、耳が生えていたなんてことは忘れ、ただ、目の前に居る困った人を救うとために言葉を紡ぐ。
「…こちらへ」
イーアが立ち上がり、部屋の奥へと向かう。
奥にもどうやら部屋があるらしい。すっ、と障子を開けた。
隣にも布団が敷かれていた。寝かされているのは、一匹の獣だった。
「…えっ」
「レーゼ、と言います。コジョフーという種族で、私が里に下りてきたところを助けたのです」
「レーゼ、ですか」
シロは初めて見るポケモンの姿に驚きを隠せなかった。
そっと枕元に近づくと、眠っているテレーゼの額を軽く撫でる。
シロも驚くほどの高熱だったが、シロは表情には出さずに手を離す。
「シロさん。レーゼは……」
「大丈夫ですよ」
イーアの言葉に微笑みを浮かべた。
彼女の口元がふっと緩くなる。自分の大切なポケモンが衰弱しているときには誰しもが不安になる。
薬師はその不安を拭い去ってやる、特別な存在なのだ。
「もう少し様子を見ますね。イーアさんは元の部屋に戻ってて休んでいて貰って構わないですよ」
「えっ、でも…」
シロは微笑みを崩さない。
「貴女もお疲れのようですから。後は任せてください。ね?」
シロはイーアの頬をそっと撫でる。同時に弱い催眠術を掛けたのだが、どうやらかなり疲れていたらしい。あっという間に眠りに落ちてしまった。シロに抱き着くように倒れてきた彼女をしっかりと抱き抱えると、彼女を布団へと戻した。
後はこの世界の誰にも知られないようにレーゼを助けなくてはいけないが、多くの困難が付き纏った。
もう一度レーゼの状態を確認し、そっとお腹に触れてみる。触診でも様々なことがわかる。例えば、彼のお腹の中に大きな虫垂が出来ていること。すぐにでも切らなければ危険だということ。わかってはいるが…。
「切っていいものだろうか…」
そう、この手術は非常に簡単なものである。虫垂を切ってしまうだけのものだ。故に、この世界ではまだ腹を切って行う手術など存在しないのだろう。それが確立されているなら、この程度の病気で僕を引っ張ってきたりはしない。
「いや…」
だとしても、切らなければならないだろう。世界が違うからと言って割り切ってしまう程にシロは残酷ではなかった。
まずそっとテーゼへとホーリーを掛ける。麻酔と同時に深く眠ってしまう。そして全身の体温を少し下げ、血液の循環を少なくする。
バックを引き寄せて、中からメスを引き抜く。パキリ、と袋に包まれたプラスチックを折り、メスの刃が現れる。そっ、とテーゼの左下腹部を裂いた。
術野2センチ四方という狭さでピンセットとメスを奮う。あっという間に大きな虫垂を根本から切り、切除。ものの数分である。
縫合糸を傷口に対して水平ではなくZを描くように縫い合わせるZ型成型と呼ばれる縫合を行う。これで傷口は殆ど見えなくなり毛皮に埋もれてしまうだろう。
「…ふぅ」
ようやく一息つくと、オペの道具を片付け二人が起きて来るまで一眠りすることにした。

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休息を経て

その事故からはもう1週間以上経とうとしている。
事故の当事者であるケルドは眠り続けていた。
彼の部屋は驚くほど静かで、音を立てるのは心拍を計るモニターと呼吸機だけだ。
何れにせよ容態は安定している。
「…オペは成功だ。彼はいずれ目を覚ますだろう」
「ご苦労様、ルバート。留学から戻ってきて、益々メス裁きが良くなったように見えたよ」
「そんなことはない。シロの処置も相変わらず見事だった」
呼吸のためにマスクを当てられたケルドのベッドサイドでルバートとシロが一つ安堵の息を零す。
その会話に見事に入れないのが、フィノである。
彼は最も軍医としての期間が短く、実力がこの3人の中で最も劣る。とはいえ、医者としてのレベルが低いわけではない。シロとルバートがあまりにも医者としてのレベルが高いのだ。
「Ross手術…か。ルバートもホント、驚かせてくれるよね」
「事前にケルドのデータは入手できたからな。いつか、こういう時にオペが出来るようにならなければならない」
Ross手術とは、今までの医療を覆す画期的なものだ。
フィノは手に持っている資料をめくった。
先ずクランケのデータを入手する。これは血液や身体の細胞等どこでもいい。ただ、唾液は遺伝子データ量が少なく好ましくないと言われている。
次にそのデータを元にクランケのデータとピタリ一致する器官及び部位を生成する。
これは過去からあったクローン生成術を応用したもので、完全なクローンの腕や脚を作るのだ。
拒絶反応が起きないのはもちろん、身体の大きさを変えることも可能なのでクランケに移植したときの違和感は全くない。
ここまでは過去にも多くの症例があり、多くの兵士がこれによって車椅子から脚による歩行を取り戻せるようになり、戦場に再び戻る事ができる。
今回違うのは、クランケが脳死判定をされたことにある。
脳死とは、一言で言えば肉体が死に脳だけが生きているということだ。呼吸機を付け、体内に栄養を点滴で取り込む事で呼吸だけはし続ける事となる。
それを死んでいるのか生きているのかの判定をするのは非常に困難を極めた。
生命倫理が衝突し、法が制定されるまで何十年も掛かったらしい。
現在の自分達の国では脳死は死亡判定になる。
つまり、その判定をされた瞬間死亡通知書に医者としてサインをすることとなる。
この患者は死亡した、と。
話をRoss手術に戻そう。
Ross手術は脳死の患者から精神だけを取り出し、クローンとして作られた別の肉体にその精神を宿すことである。
非常に困難な手術だが、過去に1例の成功例があり新たな法整備が必要とされるだろう。
現在の法律ではこのクローンを認めることはない。
法律上ではケルドは死んでいるのだ。
「つまり、Ross手術の最大の相手は法律だったわけだ」
「幸いなことに、ケルドなら此処に戻れなくても新しく生きる場所がある」
「トライデント…ですか」
ルバートがフィノの言葉にこくりと頷いた。
「あそこでなら、ケルドも受け入れてくれるだろう」
「新しい身体も、ケルドは気に入るだろうしね」
シロが小さく微笑んだ。

それから程なくしてケルドは再び目を覚ました。
一度死亡判定が書かれてから生き返った例は、これで2例目である。
ケルドはあの大怪我がリセットされたかのようにベッドを下りて立ち上がれたのを見た時は流石に驚いた。
実際、身体を入れ替えたのでリセットと言えばリセットなのかもしれない。
「…なんか、自分の身体じゃないみたいだな」
とは本人の言である。
新しい身体は一回り体格が良くなった。
ケルドは有能な戦士だったが、やはり体格に恵まれないのはとても残念なことだった。
素早さを維持したまま更に力強さを。導かれたように作られた身体に彼も満足していたようだった。
そして、あっという間に数日が経った。
誰の目にも触れず、調整程度のリハビリとデータを取るためだけに病院の地下で様々な訓練を行った彼はとうとうこの世界を離れるのだ。
「ありがとう、世話になった」
「新しい身体だ。存分に虐めてやれ。そのうち機会があったらトライデントにまた遊びに行くよ」
握手を交わすルバートとケルドを見遣った。
なんだか別世界の出来事のような気がしてしまう。
ボーッとしていると、ケルドが手を差し出してきた。
「フィノ、世話になったな」
「俺、全然手術に関わってないよ」
ケルドは首を横に振った。
「そんな事はない…俺はお前達に命を救われたと思ってる。お前は立派なドクターだ」
「ケルド…」
握手を改めて交わした。
「達者でな。その…凄い戦士になれることを祈ってる」
「お前も凄いドクターになれるように頑張れよ」
手を離し、大きく頷いた。
そしてケルドは人目に触れぬように機敏な動きでこの世界を後にしたのだった。

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プロフィール
HN:
年齢:
33
性別:
男性
誕生日:
1990/04/05
職業:
大学生
趣味:
野球・ポケモン
自己紹介:
Kです。
いろいろ生真面目な事を書くと疲れると思うんで、箇条書きでいいですか?いいですよね。

・野球とポケモンが好きです。
・野球はキャッチャーやってました。ミットを持つと人間が変わるとよく言われます(笑
・ポケモンはラプラス、バクフーン、ラティオス辺りが好み。
・すごくカッコイイかすごくカワイイが好き(笑
・カフェパのプロフナンバーは4。
・芸能人の三浦春馬と全く同じ日に生まれる。雲泥の年収差があってちょっと泣ける←
・音楽も好きです。
・好きなバンドはBIGMAMAとBUMP OF CHICKEN。
・他にも色々ありますが、一番好きなのはこの2つ。


こんなやつです。仲良くしてやってください。
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